近年、鉄鋼メーカーより二相ステンレス鋼の省合金型や高合金型がラインナップされ、ケミカルタンカーや海水関連装置(水門など)の製作に採用されるなど、新技術として広範にわたり使用されています。本稿では二相ステンレス鋼用フラックス入りワイヤ(以下略二相SUS用FCW )の種類と施工上の注意点についてご紹介します。
オーステナイト組織とフェライト組織が約5:5の割合で混合していることから、二相ステンレス鋼と呼ばれています。一般的に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼と比較して、①塩化物環境下に対する耐食性が高い、②高強度、③省ニッケルといった特徴があるため、長寿命化やコスト削減をキーワードとして各種装置などに採用されています。二相ステンレス鋼は主にクロム(Cr)やモリブデン(Mo)、窒素(N)などの合金成分を含有させることで耐食性や強度を向上させており、耐食性性能(耐孔食性指数PRE*)によって各グレードに分かれています。表1「二相ステンレス鋼の種類」に示します。二相SUS用FCWもグレードごとにラインナップしております。表2「二相ステンレス鋼用フラックス入りワイヤの種類」に示します。一般的に溶材は、母材と同等のグレードか上位のグレードを選定します。表3「二相ステンレス鋼の種類と適用銘柄例」をご参考ください。炭素鋼やオーステナイト系ステンレス鋼との異材溶接については、309系の溶材または耐食性や強度を考慮して二相ステンレス鋼用の溶材を選定します。表4「二相ステンレス鋼と各種鋼材との異材溶接時の適用銘柄例」に適用銘柄例を示します。
*PRE=Cr + 3.3Mo + 16N, mass%
表1 二相ステンレス鋼の種類
グレード | JIS | C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr | Mo | Cu | N | PRE |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
省合金 (Lean Duplex) |
SUS821L | 0.030 以下 |
0.75 以下 |
2.00 ~ 4.00 |
0.040 以下 |
0.020 以下 |
1.50 ~ 2.50 |
20.50 ~ 21.50 |
0.60 以下 |
0.50 ~ 1.50 |
0.15 ~ 0.20 |
23 ~ 24 |
SUS323L | 0.030 以下 |
1.00 以下 |
2.50 ~ 4.00 |
0.040 以下 |
0.030 以下 |
3.00 ~ 5.50 |
21.50 ~ 24.50 |
0.05 ~ 0.60 |
0.05 ~ 0.60 |
0.05 ~ 0.20 |
25 ~ 26 |
|
汎用 (Standard Duplex) |
SUS329J3L | 0.030 以下 |
1.00 以下 |
2.00 以下 |
0.040 以下 |
0.030 以下 |
4.50 ~ 6.50 |
21.00 ~ 24.00 |
2.50 ~ 3.50 |
‒ | 0.08 ~ 0.20 |
34 ~ 35 |
SUS329J4L | 0.030 以下 |
1.00 以下 |
1.50 以下 |
0.040 以下 |
0.030 以下 |
5.50 ~ 7.50 |
24.00 ~ 26.00 |
2.50 ~ 3.50 |
‒ | 0.08 ~0.30 | 37 ~ 38 |
|
高合金 (Super Duplex) |
SUS327L1 | 0.030 以下 |
0.80 以下 |
1.20 以下 |
0.035 以下 |
0.020 以下 |
6.00 ~ 8.00 |
24.00 ~ 26.00 |
3.00 ~ 5.00 |
0.50 以下 |
0.24 ~ 0.32 |
42 ~ 43 |
引用:石田 雅俊 (株)神戸製鋼所 溶接事業部門 技術センター 溶接開発部 技術レポート (Vol. 57 2016-1)
表2 二相ステンレス鋼用フラックス入りワイヤの種類
グレード | 対象銘柄 (FCW) |
規格 | 主要径 (φ㎜) |
シールド ガス |
電流範囲(A) | 化学成分一例(mass%) | PRE | 機械的性能一例 | ||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
JIS Z 3323 |
AWS A5.22 |
下向 | 横向 | 立向 上進 |
C | Si | Mn | Ni | Cr | Mo | N | 0.2%耐力 (MPa) |
引張強さ (MPa) |
伸び (%) |
吸収エネルギー (0℃, J) |
|||||
省合金 (Lean Duplex) |
DW-2307 | - | E2307T1-1/4 | 1.2 | 80%Ar+ 20%CO2 又は 100%CO2 |
130~ 250 |
150~ 220 |
130~ 180 |
0.026 | 0.45 | 1.26 | 7.9 | 24.6 | 0.03 | 0.15 | 27.1 | 571 | 750 | 29 | 58 |
汎用 (Standard Duplex) 22%Cr系 |
DW-2209 | TS2209-FB1 該当 |
E2209T1-1/4 | 1.2 | 130~ 250 |
150~ 220 |
130~ 180 |
0.028 | 0.61 | 0.74 | 9.1 | 22.7 | 3.30 | 0.13 | 35.6 | 639 | 820 | 28 | 73 | |
DW-329AP | TS2209-FB0 該当 |
E2209T1-1/4 | 1.2 | 130~ 250 |
150~ 220 |
130~ 220 |
0.024 | 0.63 | 0.80 | 9.2 | 23.0 | 3.49 | 0.13 | 36.6 | 643 | 832 | 28 | 55 | ||
高合金 (Super Duplex) 25%Cr系 |
DW-2594 | TS329J4L-FB1 | E2594T1-1/4 | 1.2 | 130~ 250 |
150~ 220 |
130~ 180 |
0.026 | 0.50 | 1.18 | 9.8 | 25.7 | 3.79 | 0.24 | 42.0 | 712 | 905 | 27 | 55 |
■PREと耐孔食性の関係 PRE and Pitting Corrosion Resistance
引用:神戸製鋼所 溶接事業部門HP 商品パンフレット「二相ステンレス鋼溶接材料」
表3 二相ステンレス鋼の種類と適用銘柄例
グレード | JIS(日本) | ASTM 規格(米国) | 銘柄例FCW |
省合金 (リーン) |
SUS323L SUS816L |
S32304 S32101 |
[P]DW-2307 |
汎用 (スタンダード) 22%Cr 系 |
SUS329J3L | S31803 S32205 |
[P]DW-2209 [P]DW-329AP |
汎用 (スタンダード) 25%Cr 系 |
SUS329J4L | S32506 | [P]DW-2594 |
高合金 (スーパー) |
SUS327L1 | S32750 S32760 |
[P]DW-2594 |
引用:石田 雅俊 (株)神戸製鋼所 溶接事業部門 技術センター
溶接開発部 技術レポート (Vol. 57 2016-1)
表4 二相ステンレス鋼と各種鋼材との異材溶接時の適用銘柄例
鋼種 | 炭素鋼・低合金鋼 | オーステナイト系ステンレス鋼 | |
SUS304L | SUS316L | ||
省合金 (リーン) |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2307 |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2307 [P]DW-2209 |
[P]DW-309MoL [P]DW-2307 [P]DW-2209 |
汎用 (スタンダード) 22%Cr 系 |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2209 |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2209 |
[P]DW-309MoL [P]DW-2209 |
汎用 (スタンダード) 25%Cr 系 |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2594 |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2594 |
[P]DW-309MoL [P]DW-2594 |
高合金 (スーパー) |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2594 |
[P]DW-309L [P]DW-309MoL [P]DW-2594 |
[P]DW-309MoL [P]DW-2594 |
引用:石田 雅俊 (株)神戸製鋼所 溶接事業部門 技術センター
溶接開発部 技術レポート (Vol. 57 2016-1)
すべての銘柄において溶接姿勢は下向・立向上進・横向での溶接が可能で、シールドガスは100%CO2および80%Ar-20%CO2のいずれでも、溶接が可能となっています。溶接作業性についてはオーステナイト系ステンレス用フラックス入りワイヤと比較して劣る点は少ないですが、唯一スラグはく離性はやや劣る傾向にあります。汎用二相ステンレス鋼用のみ[P]DW-329APと[P]DW-2209の2種類の銘柄がありますが、衝撃値の性能を重視する場合は[P]DW-2209を推奨し、それ以外の場合は溶接作業性が良好な[P]DW-329APを推奨しています。
動画1 DW-329AP 溶接動画 水平すみ肉
動画2 DW-329AP 溶接動画 立向上進
動画3 立向上進すみ肉溶接風景Edit
動画4 立向上進すみ肉スラグ剥離Edit
動画5 水平すみ肉溶接風景Edit
動画6 水平すみ肉スラグ剥離Edit
すべての鋼種において基本的に予熱は不要です。パス間温度はグレードによって異なり、省合金~汎用二相ステンレス鋼は150℃以下、高合金型二相ステンレス鋼は100℃以下での管理になります。後熱も基本的には不要であり、300℃を超える温度での加工は強度および耐食性に悪影響を与える可能性がありますのでご注意ください。
二相ステンレス鋼は、溶接入熱量(以下略入熱)が高すぎても低すぎても、耐食性やじん性が低下するなどの悪影響を及ぼします。施工する際は、充分な入熱管理(最少・最大)をされることが重要になります。
推奨入熱はグレードごとにかわります。表5「二相ステンレス鋼の熱管理」に示します。事前に施工試験を実施され入熱量などを確認されることを推奨します。
グレード | 予熱・後熱 | パス間 | 入熱 |
省合金 (リーン) |
無し | 150℃以下 | 5 ~ 20kJ/cm |
汎用 (スタンダード) |
無し | 150℃以下 | 5 ~ 25kJ/cm |
高合金 (スーパー) |
無し | 100℃以下 | 3 ~ 15kJ/cm |
※溶接入熱量(J/cm)=溶接電流(A)×溶接電圧(V)×60/溶接速度(cm/分)
引用:TMR Stainless 「二相ステンレス鋼加工マニュアル第二版2009」P.38、42
二相ステンレス鋼はオーステナイト系ステンレス鋼と比較し、水素に起因した溶接欠陥(割れ・気孔欠陥)が発生しすい鋼種とされています。対策として、溶接材料を適切に保管・管理することや、溶接箇所近傍の水分・油分・錆を十分に除去することが挙げられます。
風速1m/秒を超えると気孔欠陥が発生しやすくなるので、ガス流量を充分に確保した上で防風対策を行ってください。(目安:トーチ先端での測定で、ガス流量20~25ℓ/分)
二相SUS用FCWの銘柄と施工上の注意点についてご紹介して参りましたが、少しでも皆様のお役立になれば幸いです。実施工にあたり、溶材選定や溶接施工試験などでご相談などございましたら、お気軽に神鋼溶接サービスまでご相談ください。
※文中の商標を下記のように短縮表記しております。 PREMIARC™→[P] |