エレクトロガスアーク溶接法(以下EGW)は、1950年代に開発されて以来、船側外板、石油タンクなどを対象に1パスで高能率に立向自動溶接できる施工法として適用されてきました。特に、1974年に当社が開発したSEGARC™は、簡易EGW施工として造船分野を中心に広く適用をいただいています。この度、開発されてから久しいSEGARC™からの刷新を図るべく、新施工法開発を進め、SESLA™の開発完了に至りました。本稿と次稿において、そのご紹介をします。
新エレクトロスラグ溶接法SESLA™(以下、SESLA™)は、ESWの要素技術を基に開発を進めました。一般的なEGWとESWにおける施工の違いを表1、各施工の構成を図1, 2に示します。アーク溶接であるEGWと異なり、ESWはスラグ浴を形成し、その抵抗発熱によりワイヤを溶融し溶接が進行するため、スパッタ・ヒューム発生量が極めて少ないという特長があります。また、溶融池はスラグ浴に保護されるため、シールドガスを使わずとも耐風性に優れる施工です。その一方で、ESWはノズル長さに溶接長が制約されることや、入熱量が大きく機械的性質が得難い施工と位置づけられている側面があります。
表1 施工におけるEGWとESWの違い
EGW | ESW | |
---|---|---|
熱源 | アーク熱 | 溶融スラグの抵抗発熱 |
スパッタ・ヒューム発生量 | 多い | 極少 |
シールドガス | 必要 | 不要 |
耐風性 | シールド不良のリスクあり | 良い |
溶接長 | 連続溶接可能 | 約1.5m(ノズル長さ) |
ESWの短所を克服すべく開発を進め、2021年1月号で解説する新立向溶接装置(図3)のスラグ浴制御機能に、水冷摺動銅板方式を加えることで、SESLA™ではSEGARC™同様に長尺溶接が可能となりました。また、表2に示す新たに開発したフラックス入りワイヤFAMILIARC™ES-X55EおよびフラックスFAMILIARC™EF-4との組合せで衝撃性能も向上し、高品質な継手を得ることを可能としています。
フラックス入りワイヤ | FAMILIARC™ ES-X55E 1.6mm |
---|---|
フラックス | FAMILIARC™ EF-4 |
裏当て材 | FAMILIARC™ KL-4 |
SESLA™の構成を図4に示します。施工は開先の表側に水冷摺動銅板、裏側に裏当て材であるFAMILIARC™KL-4を使用し行います。従来ESW同様に、溶接スタート時にはアークを発生させ、投入したフラックスを溶解してスラグ浴を形成します。溶融したスラグ浴の電気抵抗発熱が熱源となり、フラックス入りワイヤを溶融するとともに、スラグ浴の対流作用によって溶込みが形成されます。厚板の突合せ継手において1パスで溶接が完了する、EGWに劣らない高能率な施工法となります。
開発したSESLA™の溶接風景を動画2に示します。SESLA™は従来ESW施工のメリットを有するため、シールドガス不要で耐風性良好かつ、スパッタ・ヒュームがほとんど発生せず、作業者に優しい溶接が実現できます。また、長尺・連続溶接において安定した溶接作業性とビード形状(図5)が確保されます。
動画1 EGW溶接
動画2 SESLA™
フラックス開発において、溶融スラグの電気伝導特性が溶融池形成現象に与える影響に着目し、耐熱ガラス越しに高速度カメラで溶接中のスラグ浴の直接観察を行いました(図6)。同一の溶接電流・電圧条件において、スラグ浴の電気伝導度が高いスラグ成分系では、溶融池深さが浅くなること、溶接金属の冷却速度が大きくなることを見出しています。1) また、図7のように同等溶接条件のEGWと比較してもSESLA™の溶融池深さは浅く、冷却速度は明らかに大きくなることを確認しています(表3)。専用フラックスであるFAMILIARC™EF-4は、上記の知見を設計に活かし開発を行いました。
表3 冷却速度測定結果(入熱量45.1kJ/mm)
冷却速度(℃/s) | ||
---|---|---|
EGW | SESLA™ | |
1,500℃→800℃ | 2.96 | 4.40 |
800℃→500℃ | 0.34 | 0.80 |
さらに、FAMILIARC™EF-4を用いたSESLA™に最適な溶接金属成分系を検討し、専用フラックス入りワイヤとしてFAMILIARC™ES-X55Eを開発しています。
SEGARC™における最大適用板厚は1電極において65mmですが、SESLA™ではさらなる極厚板溶接への適用が可能となります。また、大Gapに対する適用範囲も広がります。例として表4に示した板厚80mmにおける極厚板溶接や、ルートギャップ22mmといった大Gap溶接において、図8および図9に示す良好な溶込みと、溶接性が確保されることを確認しています。
表4 試験条件および溶接条件
板厚 (mm) |
開先角度 (° ) |
ルートギャップ (mm) |
溶接速度 (mm/min) |
入熱量 (kJ/mm) |
---|---|---|---|---|
60 | 20 | 22 | 16 | 67.5 |
80 | 20 | 12 | 16 | 67.5 |
JIS G 3106 SM490A鋼板を用い、入熱量が機械的性質に及ぼす影響を調査しました。入熱量と耐力・引張強さの関係を図10、-20℃吸収エネルギーとの関係を図11に示します。SESLA™の強度はEGW同様に入熱量の増加とともに低下しますが、じん性に大幅な劣化なく、優れた性能を維持することを確認しています。
船級鋼板であるEH40鋼板を用い、機械的性質を調査しました。表5に試験条件、表6に溶接条件を示します。継手引張試験および溶接金属引張試験の結果より、継手に要求される強度・伸びを満足することが確認されました(表7, 8)。また、吸収エネルギーにおいては規格値を大きく上回る結果が確認されています(表9)。図13に示すように、側曲げ試験においても無欠陥であり、必要な性能を十分満たすことを確認しています。
表5 試験条件
供試鋼板 | EH40 |
---|---|
板厚 | 33mm |
開先角度 | 25° V形 |
ルートギャップ(Gap) | 10mm |
シールドガス | なし |
表6 溶接条件
溶接電流 (A) |
溶接電圧 (V) |
溶接速度 (mm/min) |
入熱量 (kJ/mm) |
---|---|---|---|
370 | 38 | 38 | 22.2 |
表7 継手引張試験結果
引張強さ (MPa) |
破断位置 | |
---|---|---|
ー | 542 | 母材 |
EH40 規格値 | ≧ 510 | ー |
表8 溶接金属引張試験結果
耐力 (MPa) |
引張強さ (MPa) |
伸び (%) |
|
---|---|---|---|
ー | 465 | 575 | 24 |
EH40 規格値 | ≧400 | 510-690 | ≧22 |
表9 衝撃試験結果
採取位置 | 吸収エネルギー(J) | |
---|---|---|
-40℃ | -20℃ | |
表面2mm | 206(203,208,208) | 231(199,255,238) |
裏面2mm | 208(238,194,191) | 237(191,257,262) |
EH40 規格値 | ー | ≧ 41 |
3項に示したように、SESLA™は冷却速度が大きい特長を持ちます。そこで、ほぼ同等入熱条件のEGWと比較して、母材に与える影響を調査しました。表10~12に、供試材、試験条件、溶接条件を示します。
表10 供試材
EGW | SESLA™ | |
---|---|---|
溶接ワイヤ | FAMILIARC™ DW-S1LG |
FAMILIARC™ ES-X55E |
ワイヤ径 | 1.6mm | 1.6mm |
極性 | DCEP | DCEP |
フラックス | なし | FAMILIARC™ EF-4 |
裏当て材 | FAMILIARC™ KL-4 |
FAMILIARC™ KL-4 |
表11 試験条件
供試鋼板 | JIS G 3106 SM490A |
---|---|
板厚 | 60mm |
開先角度 | 20° V形 |
ルートギャップ(Gap) | 8mm |
表12 溶接条件
施工法 | 溶接電流 (A) |
溶接電圧 (V) |
溶接速度 (mm/min) |
入熱量 (kJ/mm) |
---|---|---|---|---|
EGW | 400 | 42 | 30 | 33.6 |
SESLA™ | 390 | 42 | 30 | 32.8 |
赤外線サーモグラフィカメラを用い溶接中の鋼板表面温度分布を溶接裏側より計測したところ、動画3に示すEGWと比較して動画4のSESLA™の高温領域は明らかに狭いことが確認されました。また、断面マクロより、SESLA™の熱影響部は狭くなっていることが確認されています(図14)。この結果は、SESLA™がHAZ特性向上へ寄与する可能性があることを示唆しています。
動画3 EGWの鋼板表面温度分布
動画4 SESLA™の鋼板表面温度分布
SESLA™はスパッタ・ヒュームがほとんど発生しないため、溶接作業環境の改善に貢献できます。また、装置機能の向上に加え、板厚範囲やギャップ裕度も拡大しており、自動化レベル向上をも実現する新たな立向自動溶接法として期待されます。さらに、シールドガスを使用せずとも耐風性に優れるため、顧客溶接工程における品質向上およびコストダウンに貢献できる可能性があります。
今後、適用分野の拡大を見据え、さまざまな試験を重ねることで施工技術をより洗練させていき、次号で紹介する新溶接装置と組合せることで、新しい立向溶接ソリューションとして顧客の生産性・品質向上に貢献できれば幸いです。
参考文献
1) | 山口幸祐ほか. 溶接学会全国大会講演概要.第106集(2020-4) P188-189 |