日本の「がん」患者数は年々増加している。同時に、国内には数百万人の「がんサバイバー(がんを克服した経験者、またはがん治療を継続している人)」が生活している。がんの診断と治療の技術は、近年、急速な進化を遂げてきた。
2018年10月、京都大学高等研究院の本庶佑特別教授へノーベル生理学・医学賞の授与が決定された。本庶氏の功績は、免疫の働きにブレーキをかける特定のたんぱく質を発見し、これを取り除くことで、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃力を高める「免疫チェックポイント阻害薬」の開発に結びつけたことによるという。今回は、「がん」にまつわるホットなテーマを、読書で巡ってみよう。
1962年の創設以来、がん撲滅に向けた最先端の医療・研究に取り組んできた「国立がん研究センター研究所」。そのトップ研究者たちが語る、がんのメカニズムとゲノム医療の最前線とは?
いまや日本人の「国民病」とも言われる「がん」。高齢化に伴い、今後も患者は増加すると予測されるが、現時点ではがんを根治する治療法は見つかっていない。しかし、分子標的薬によるオーダーメイド治療、免疫チェックポイント阻害薬などの画期的新薬が登場し、またゲノム医療の急速な進展もあって、「がん根治」の手がかりが見えてきた。
「がん」と聞けば、まだまだ死の病のイメージが付きまとう。だが、がん研究の進展とともに、いま、医療は「がん予防」の時代へと差し掛かっているのだそうだ。
たとえば、諸外国と比較すると、日本ではウイルスや細菌の慢性感染に起因するがんの割合が高いという。例を挙げるなら肝炎ウイルスと肝臓がん、ヘリコバクター・ピロリ菌と胃がんの関係がそうだ。また、がんの発病には遺伝的要因が大きいと考えがちだが、疫学的な調査によれば、「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」といった生活習慣による要因が圧倒的に大きな割合を占めるという。
これら「感染」や「生活習慣」に起因するがんには、いま以上に予防医療が大きな役割を果たしていくことになるだろう。
そしてもうひとつ、本書で最先端の話題として記述されているのが、がんの「予防薬」の話題だ。現在、日本では世界初の肝臓がん再発予防薬として期待される「非環式レチノイド(一般名ペレチノイン)」の臨床試験が行われている。
ハードルの1つとしてがん予防薬が保険適用になるかどうかは大きな問題です。医療は病気の人に対して行われるものというのが一般的な認識ですが、がんになる前のグレーゾーンの人に対して、どこまで医療が介入できるかといったことも社会全体で考えていかなくてはいけません。(P244-245)
再発の不安を抱えるがんサバイバーが増えるであろう、これからの時代に、「予防薬」は大きな期待の星である。それと同時に、「予防薬」という存在が、社会と医療の在り方を、また私たちの病との付き合い方を大きく変えるかもしれないことも、頭に入れておきたい。
もうひとつ、最新トピックスとして知っておきたいのが、2018年6月に国立がん研究センターに設置された「がんゲノム情報管理センター」の意義と役割だ。これまでは、日本の医療機関の多くが欧米の検査会社に遺伝子解析を依頼していたため、貴重なデータが海外に流出していた。しかし今年、遺伝子解析が国内の公的保険の対象となったことで、今後は大量のゲノム情報が国内で毎年解析され、蓄積されていくことになる。
民間医療保険が主体の諸外国とは違い、国民皆保険で公的医療保険が充実している日本だからこそ、国家レベルで貴重なビッグデータを得ることができます。(P280)
これを研究機関や製薬会社で活用できれば、いずれ、創薬や新たなイノベーションにつながるかもしれない。
「がん撲滅は、夢ではない」。私たちも、やみくもに病を恐れるのではなく、最新のデータと情報から積極的に学び、リスクを減らす道を選びたいものだ。
2015年、大村智氏らが受賞したノーベル生理学・医学賞は、実に27年ぶりに医薬品開発に対して贈られたものだった。その間、エイズやC型肝炎などさまざまな病気の治療薬も開発されてきたが、いずれもノーベル賞受賞には至らなかった。
どのような医薬品を開発すればノーベル賞がとれるのだろうか? がん治療薬をつくればとれるのだろうか? そもそも医薬品開発の難しさとはどこにあるのだろうか? 十数年にわたって医薬品研究の現場に身を置いてきた著者が、医薬の現在と、あるべき未来を読み解く。
近代医薬の開発の歴史、医薬が病を治療するメカニズム、抗菌薬・抗ウイルス薬・抗寄生虫薬など各分野の医薬、さらには薬価問題について――。本書は、医薬にまつわるさまざまな分野のテーマをわかりやすく解説してくれる良書だが、今回はそのなかでも「がん」に言及するくだりを特に取り上げたい。
がんとノーベル賞との関係について、本書では一つの歴史的なエピソードが紹介されている。
1926年、デンマークのヨハネス・フィビゲルがノーベル生理学・医学賞を受賞した。これは、寄生虫がマウスにがんを発生させたと発表した功績によるものだった。ところが後に、この寄生虫原因説は誤りであったことが判明する。一方、日本では1915年、山極勝三郎が、コールタールをウサギの耳に塗りつけてがんを発生させることに成功している。実は、山極の研究のほうこそ正真正銘、がん研究の歴史に残る成果だったのだが……。
本来ならば、日本人初のノーベル賞受賞者には湯川秀樹(1949年物理学賞)ではなく、山極の名が刻まれてしかるべきだったはずです。この件は、ノーベル賞史上最大の過誤といわれています。
ノーベル賞委員会はこれに懲りたのか、この後40年にわたって、がんの研究にノーベル賞を授与することはありませんでした。(P129)
画期的な新薬に対してノーベル賞を授与し、そののちに重大な問題が発生したとなれば、賞の権威自体を問われかねない。そんな、医薬特有の「評価の揺らぎやすさ」こそ、医薬にノーベル賞が授与されづらい状況を作っている一因なのだ。
ただ、こうしたがん発生のメカニズムや、がんの増悪に関与する遺伝子の研究成果は、1990年代以降、徐々に「抗体医薬」として実を結び始める。抗体医薬とは、がん細胞の増殖や転移を促す受容体に“ふた” をして、がんの悪化を防ぐしくみの治療薬だ。しかし筆者は、抗体医薬分野における国内製薬会社の「出遅れ」について指摘する。
日本は優秀で高価な抗がん剤を海外企業から購入せざるを得ず、医薬品の大幅な貿易赤字の一因となっている。2015年の医薬品貿易赤字は、2兆円を突破してしまった。(P163コラム「出遅れた日本企業」より)
医薬品の貿易赤字は2018年現在でも解消されておらず、依然、国内大手製薬会社は苦境の中にある。一方、中堅製薬会社は抗体医薬分野を切り開き、上位企業を猛追する流れだ。状況次第では、今後、国内の製薬企業ランキングが大きく入れ替わることもあるかもしれないという。
「医薬品」というキーワードを通じて、病と闘う「戦場」のいまを知る̶̶。本庶氏のノーベル生理学・医学賞に日本中が湧き立つ今こそ、最も読んでおきたい一冊だ。
いまや男性は2人に1人、女性は3人に1人が「がん」になる時代。がんになると、医療のことだけでなく、治療費などお金の問題にも直面することになる。しかし、いざ患者になった時、お金に関する情報はとても少ないのが実情だ。
ファイナンシャルプランナーでもある著者自身は、乳がんの告知を受けた際のことを「がん告知を受けても、悠長に落ち込んでいるヒマなどない! 人間、目標ややるべきことができると、気持ちも前向きになってくるものです」と振り返る。がんと闘ったリアルな体験談と、そのために必要な「お金の話」を、プロの視点でわかりやすく解説した本書。これからがんに立ち向かう患者と家族にとって、必携の1冊だ。