じん性とは、ぜい性破壊に対する抵抗値=ねばりを表します。では、ぜい性破壊とはどういったことを指すのでしょうか。例えば、ガラスや陶器をハンマーなどで叩いた場合、さほど力を加えなくても変形せずにパキッと割れてしまいます。このように変形を伴わず、低応力であっても瞬間的に割れてしまう現象をぜい性破壊と呼びます。ぜい性破壊は、金属でも起こります。
ぜい性破壊は、1940年代に米国で建造された全溶接構造の貨物船(リバティ船)の多くが、冬場の温度が低い時期に損傷・事故を起こしたことを契機に注目されました。事故発生原因は、以下の2点が挙げられています。
①応力集中が生じやすい構造設計かつ溶接残留応力などの存在により、各種溶接欠陥を起点とした割れが進展した。
②鋼材および溶接継手部の低温じん性が十分でなかった。
溶接構造物は、割れの起点となりうる溶接欠陥の存在、溶接残留応力、鋼材の組織変化などぜい性破壊が生じやすい条件がそろっています。上記事故をきっかけに、低温での切欠きじん性に優れた鋼材、溶接材料や施工方法の研究開発が進められました。
本稿では、破壊じん性評価方法としてよく用いられるシャルピー衝撃試験、落重試験およびCTOD試験についてご紹介します。
シャルピー衝撃試験は、その簡便さから一般的に広く行われている試験方法で、破壊に要するエネルギーでじん性を評価します。
試験の概略を図1に示します。試験片は、V形もしくはU型の切欠きを持つ角棒です。方法は単純明快で、所定の位置エネルギーとなる角度から既知重量の回転ハンマーを振下して試験片切欠き部の反対側をハンマーで打撃し、振り上がったハンマーの位置エネルギーとの差から、試験片が破壊に際して吸収したエネルギー(吸収エネルギー)を算出します。
図1 シャルピー衝撃試験の概略図
一般的な鋼材は室温環境下で延性破壊することが知られています。切欠きを入れて高温~低温域でシャルピー衝撃試験を行うと、高温側では延性破面が100%であるのに対し、温度が低下するにつれぜい性破面の割合が増加します。吸収エネルギー、ぜい性破面率もしくは延性破面率を試験温度に対してプロットすると、エネルギー遷移温度(延性破面率が100%となる温度における吸収エネルギーの1/2の値に相当する温度)、ぜい性破面率が50%となる破面遷移温度(延性破壊からぜい性破壊に移る目安の温度)が求められます。遷移温度は、ぜい性破壊の発生を未然に防止するためのじん性評価指標として用いられており、構造物の最低使用温度設計や経年劣化調査などに役立てられています。
落重試験の概略を図2に示します。図2 a)に示すように、試験片中央にき裂発生用の極めてもろい溶接ビードを置き、ビード直角方向に切欠きを入れます。溶接ビードは、クラックスタータビードと呼び、自然き裂を想定したものです。次に、図2 b)のように溶接ビードを下側にして試験片を受け台に載せ、落錘を落下して試験片に衝撃を加えます。なお、衝撃を加えるための落重エネルギー(重りの質量×落下距離)は、材料の耐力に応じて求めます。落錘を落下させると、ビードの切欠き底部にぜい性き裂が生じ、試験片の横方向に伝播します(図2 c))。
図2 落重試験の概略図
試験温度が高い場合、き裂は試験片の途中で停止しますが、試験温度が低くなるにつれき裂の一方あるいは両方が試験片の端部まで達します。き裂が試験片のいずれかの端部まで達した状態を破断、まったく達していない状態を非破断と判断します。試験は、2個の試験片を1組として5℃間隔で行います。2個の試験片が非破断であった温度より5℃低い温度をNDT温度と定義しています。すなわち、NDT(Nil Ductility Transition)温度とは、溶接ビードから発生したぜい性き裂が試験片の端部に達する最高温度を示します。
シャルピー衝撃試験と落重試験それぞれから求まるじん性は異なりますので、例えば原子力発電で使用される容器のぜい性評価では、落重試験でNDT温度を求めた後、その温度よりも33℃高い温度で衝撃試験を行い、じん性に問題があるか否かを判断しています。
今までご紹介したシャルピー衝撃試験や落重試験は、簡便にじん性を評価できる方法ですが、構造物そのものを直接評価できているとは言えません。一方、CTOD試験は、破壊力学での破壊指標の限界値を求める試験です。この試験では、き裂先端開口変位と呼ばれるCTOD(Crack Tip Opening Displacement)値を求めます。
CTOD値は、ぜい性破壊の起こりにくさを表す特性値の一つであり、十分鋭い切欠き(疲労破壊)を有する試験片に外力を加えていったときに、ぜい性破壊を起こすまでに切欠き先端がどれだけ開口したかを測定する試験です。このCTOD値がぜい性破壊の起こりにくさを表す指標となります。構造物にき裂が生じた場合の許容量を把握して、設計しておくことは極めて重要で特に船舶、タンク、建設物などの重要構造物において、このCTOD値の保証が必須となっています。
試験片には図3に示す3点曲げ試験片以外にもコンパクト試験片が用いられます。試験片の厚さBは、原則として母材の板厚のままで試験を行います。機械加工にて切欠きを入れ、その後疲労試験機にて、疲労予き裂を導入します。
溶接継手の場合には、溶接残留応力の影響で、そのままでは規格に適合した直線状の疲労予き裂が導入できないことが多くあります。そのため、溶接残留応力の緩和方法がいくつか規定されており、そのひとつがローカル・コンプレッションです。これは図4に示すように、板厚方向の試験片に対し局部的に圧縮をかけることで、残留応力を緩和する方法です。このとき、ひずみ量は0.5~1.0%を導入することが推奨されています。
試験では、構造物の使用環境(温度)において、試験片に荷重を加え予き裂に開口変位を生じさせます(図5)。開口変位が広がっていくと、不安定破壊が起こるため、その直前の開口変位をCTOD値として評価します。このCTOD値が大きい程ねばく、ぜい性破壊の起こりにくい材料です。
今回、3つの破壊じん性試験について述べました。ポイントとしては、まず最も数多く行われているのは、シャルピー衝撃試験だということです。なぜなら、試験片形状が定型である、試験方法が簡便であるというメリットを活かし、研究データが膨大にあるからです。ただし、厚板の溶接部から試験片採取する際には板厚表面付近あるいは板厚中央など特定の箇所から採取するため、全板厚の溶接部のじん性をそのまま評価しているとはいえません。
その点でCTOD試験は板厚のままの試験片を採取するため、溶接部のじん性を評価するのに適しています。デメリットとしては、き裂導入のむずかしさにあります。き裂は試験後の破面を観察・測定するため、場合によっては、規格を満たさず試験結果が無効となってしまうことがあります。また、どのような形態で破壊したかを判別する必要もあり、他の方法に比べ難易度が高く、膨大な時間がかかります。よって、この試験は船舶、タンクなどの重要構造物でのみ規定されています。
じん性の評価方法は、ご紹介したもの以外にも多岐にわたります。さらに溶接部においては、評価が複雑になることもあり、じん性評価を行う際には弊社にご相談いただけましたら幸いです。
<参考文献>
1) 溶接学会・日本溶接協会編:溶接・接合技術総論, 産報出版
2) 金沢武, 鋼材のぜい性破壊, 高圧力 第4巻第5号(1966)
3) 溶接学会, 新版溶接・接合技術特論, 産報出版