「地政学」という言葉をご存じだろうか。地政学とは、大まかにいえば、地形・地理的な環境が国家に与える影響を、巨視的な視点で研究する学問のことだ。
地政学の視点には軍事的側面を多く含み、戦後の日本では長く研究が忌避されてきた。ところが時を経たいま、現代における地政学は、国際関係や地域の秩序を左右する重要な枠組みのひとつとなり、複雑に入り組んだ国際情勢の潮流を読み解くための有用なツールにもなりつつある。いまや、地政学は“禁断の学問”から国際社会を生き抜くために必須の教養へと、その立場を大きく逆転したのだ。
さあ、世界を広く見渡して俯瞰する「地政学」の視点を手に入れよう。
「アメリカ大統領選挙後の世界はどう変わる?」「なぜ、中国は海に進出しようとするのか?」「シリア、イラクの内戦はなぜ終わらないのか?」。地政学の視点で、世界史と国際情勢の「なぜ?」を解き明かしてみよう。
本書は、文化放送の番組「オトナカレッジ」で好評を博した「茂木誠の世界史学科」を書籍化したもので、文化放送の砂山圭大郎アナウンサーを進行役に、大学受験予備学校講師の茂木誠による問答を収録した講義形式。やさしい言葉で読みやすく、初学者にもおすすめの一冊だ。
日本の世界史の教科書は、「進歩史観」に基づくものの見方で記述されている。これは「悪の戦争が起きても、最終的には正義の国が勝つ。結果的に歴史全体は良い方向に向かう」、という理想に基づいた歴史観だ。だが、理想主義の視点では、もはや、いまの世界情勢を説明できないと茂木氏は言う。
茂木:日本で歴史、世界史を教科書通りにちゃんと勉強した人ほど、世界の常識とのずれが広がっていくんです。グローバルで外国人との交流が多くなったいま、地政学を学ぶことは大切になってきている。(P21)
一方、地政学は、国際紛争を国と国との縄張り争い/生存競争として見て、地理的条件から外交と防衛政策を考える。そこには善も悪もない。現実主義に基づいたリアルな歴史観である。例として、本書の「イラク・シリアの内戦」について解説された段を見てみよう。
中東の紛争というと、宗派の対立・宗教紛争のイメージが強いかもしれない。しかし、20世紀前半まで時を遡ると、中東には、シリア、イラク、ヨルダンを含む巨大なオスマン帝国が存在していた。このオスマン帝国には、20世紀初頭に第一次世界大戦に敗れるまで400年もの間、平和的に中東を統治してきた歴史がある。
平和だった中東が紛争に飲み込まれる契機となったのは、第一次世界大戦中の1916年、イギリス、フランス、ロシアの間で結ばれた、オスマン帝国領の分割に関する秘密協定「サイクス・ピコ協定」だ。茂木氏は、この時にシリアとイラクの間に引かれたまっすぐな国境線が、現在もなお、人々・民族・宗派を分断し続けていると分析する。
もともとイスラムの人々には、国家意識よりも、同じイスラム教徒という意識のほうが強いという。だからこそ敗戦後、強制的に引かれた国境線に強い反発があり、100年間の紛争の“根” になり続けているというのだ。つまり、中東の紛争は、地政学的には、100年前の「サイクス・ピコ協定」に始まった「新しい紛争」なのである。
砂山:平和だった時代に戻るには、何をすればいいですか?
茂木:民族や宗教の分布に基づいた新しい線引きをして、アラブ全体がゆるやかな連合体みたいにするしかないと思うんですよね。(P214)
多様化の進む時代において、立場や宗教、思想の異なる相手と平和を論じることは難しい。だが、地理が導きだす答えは、理性的で中立・明快だ。グローバルな時代を生きる私たちにとって「地政学」は、多様な背景を持つ相手と対話するための有効な手段でもあるのだ。
アメリカ主導の戦後秩序と同盟で、地政学的な脅威から守られていた日本。しかし中国の急速な軍拡と経済成長により、東アジアの戦略環境は一変した。
いま、中国が強大な経済力をテコに地域や多国に干渉する「地経学」的脅威が姿を現している。北朝鮮の核やロシアの動向も日本を悩ませ、トランプ米大統領の出方も予測が難しい状況だ。また、エネルギー、サイバー戦争、気候変動、貿易交渉など地球規模の変動も日本の戦略に大きな影響を与えている。
日本は数々のリスクをいかに乗り越えるべきなのか――。各分野、気鋭の論者たちが集結し、13のテーマを分析する。
本書序章「なぜ今、地政学、地経学なのか」のなかで、著者の一人である加藤洋一氏は、地政学と並び立つもう一つの重要なキーワードを挙げている。それは、「地経学」。地政学的な利益を、経済的手段で実現しようという外交手法のことだ。加藤氏は、本書の中でアメリカ大統領ドナルド・トランプを“「地経学」大統領”と呼ぶ。
選挙戦を通じたトランプの主張は、民主党の候補者だったヒラリー・クリントンと、はっきりと異なっていた。外交を語る際に、民主主義や人権などの「価値」、「原理原則」を持ち出さなかったのだ。(P8)
トランプが訴えたのは「普遍的価値よりも、経済利益」。西側の経済発展と繁栄を見せつけるほうが、よほど中国を民主化に導く効果がある、という主張だった。加藤氏は、未だ最終的な評価を下すには時期尚早と断ったうえで、トランプを「地政学と地経学の復活を象徴する大統領になるかもしれない」と予感している。
トランプ政権と地政学といえば、エネルギー・環境政策の分野にも注目しておきたい。本書第7章「米中ロ・エネルギー三国志」で、日本エネルギー経済研究所の小林良和氏は、近年のトピックスの中でも、アメリカでのシェールガス革命を「21世紀の地政学、地経学革命」として解説する。トランプ政権は、このシェールガス革命をさらに促進したい意向だ。アメリカ国内の石油・天然ガスの増産と輸入依存度の低下は、今後、外交政策にも影響を及ぼすとみられる。
一方で本書には、アジアの中でもエネルギー需要が大きく増加している中国と、世界有数の石油・ガス産出国ロシアが協力関係を深めつつあることも紹介されている。中国としては、トランプ政権下の米国と日本への対応に専念するためにも、背後のロシアとの関係強化を進めたい意図があるだろう。長い間、互いを「仮想敵国」と見てきた両国だが、エネルギーに関する利害の合致が、近年、両国を経済的に結び付けることとなったのだ。
日本を取り巻く国際環境が大きく変わりつつある現在、エネルギーを単なる経済活動の一分野として扱うのではなく、外交・安全保障などとも有機的に連携させて活用していくという地経学の発想がますます重要になっている。(P145)
各分野における第一線の論者の解説が一覧できる、贅沢な共著。13の各項目がコンパクトにまとめられているため、スキマ時間に1テーマずつ読み進めるのもいいだろう。国際社会を生きるビジネスパーソンとして、いま、ぜひとも目を通しておきたい1冊だ。
世の中にはありとあらゆる種類の情報が溢れている。「自然環境、産業、資源・エネルギー、生活・文化、人口」、これらのデータを地図上に落とし込んでみると、いろんなことが「目に見えて」わかるようになる!
本書では、情報を地図化して示すとともに、その傾向や特徴を解説。収録され る項目は「コンビニエンスストアの出店戦略」「工場立地の特徴」といったデータ から、「湧水の出る場所」「産油国の変化」といった地理的情報、さらには「牛肉 と豚肉の消費の地域性」や「電話の普及率」といった地域の人々の生活を垣間見 せるようなテーマまで、広い分野を網羅する。見て読んで楽しむ「地図で学ぶ地 理の本」。大人のための、ユニークな「地図帳」だ。