溶接金属および熱影響部(Heat Affected Zone, HAZ)では、液相線温度直下で極めて延性が低下する凝固脆性温度領域(Brittleness Temperature Range, BTR)と、さらに低温になるにつれ、延性が再び低下する延性低下温度領域(Ductility-dip Temperature Range, DTR)が存在します(図1)。
溶接高温割れとは、溶接施工時、溶接金属やHAZが高温にある時に発生する割れであり、BTRでは、溶接金属の凝固割れやHAZまたは多層溶接金属部の液化割れに、DTRでは、HAZまたは溶接金属の延性低下割れに、それぞれ注意が必要です。
凝固割れは溶接金属の凝固時、溶質元素が液相中に濃化することで凝固温度が低下した最終凝固部に、収縮ひずみが加わって発生します。凝固割れ発生の模式図を図2に示します。BTRの大きさは凝固割れ感受性を評価する上で重要な指標とされています。また、割れ発生領域に接するように引かれた線は割れ発生までの限界ひずみを表しており、これを超えて割れ発生領域と交差するようなひずみがかかった場合、割れが発生すると考えられています。
液化割れはHAZまたは多層溶接金属部において、溶融した粒界に熱ひずみが加わって発生します。
延性低下割れはHAZまたは溶接金属において、高温で強度が低下した粒界に熱ひずみが加わって発生します。
溶接高温割れ感受性を評価する試験方法の一つとして、JISでは「C形ジグ拘束突合せ溶接割れ試験方法(JISZ 3155)」が規定されています。この試験は試験板を拘束した状態で溶接を行って割れの有無を調べるものであり、溶接部に加わるひずみを制御することはできません。
一方、試験板を外力によって強制的に変形させて溶接高温割れ感受性を評価する試験として、広く実施されているのがバレストレイン試験です。この試験では、溶接中の試験板を瞬時に曲げることで、高温割れを発生させます。また、板厚と曲げ半径を変えることで、試験板の変形量を調整し、その変形量と発生した割れの数や大きさから、高温割れ感受性を評価します。
溶接金属の凝固割れを評価するにはトランスバレストレイン試験(溶接方向と曲げ方向が垂直)が、HAZの液化割れや延性低下割れを評価するにはロンジバレストレイン試験(溶接方向と曲げ方向が平行)が、それぞれ適していると考えられています。
弊社におけるバレストレイン試験(主にトランスバレストレイン試験)の手順をご紹介します[1]。
材料の観点から凝固割れを防止するためには、材料自体のBTRを縮小させることが求められます。そこで凝固モデルを使用して、材料の化学成分からBTRを予測する方法が提案されています[2]。
この方法では熱力学計算ソフトを使用し、液相中に濃化する溶質の濃度と、その時の温度を逐次計算し、凝固の開始温度と完了温度の差をBTRの大きさ(ΔTBTR)として求めます。それを数千種類の異なる化学組成の融液で実施し、ΔTBTRを化学成分で回帰分析します。このとき、ΔTBTRは元素Mの濃度[M]と定数 Ci( i = 0, 1, 2, … N、Nは回帰分析を行う元素数)を用いて、
一例に、Ni基合金において表1に示すような化学成分の範囲で計算を行った結果として、
Ni | C | Si | Mn | P | S | Cr | Mo | Nb | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Bal. | 0.01 ~ 0.48 |
0.2 ~ 0.9 |
0.1 ~ 11.5 |
0.001 ~ 0.010 |
0.001 ~ 0.010 |
15.0 ~ 25.0 |
0 ~ 20.0 |
0 ~ 5.0 |
0.1 ~ 10.0 |
溶接施工条件の観点から凝固割れを防止するためには、図2に示すとおり、溶接金属の凝固時に溶接部にかかるひずみを低減することが求められます。
近年では、BTRにおけるひずみを有限要素法(FiniteElement Method, FEM)で力学的に予測し、これに基づいて溶接部における割れ発生のハザードマップを作成する研究がなされています[4]。
バレストレイン試験は、溶接高温割れを評価するための有用な手段の一つであり、これまでに様々な知見が蓄積されています。一方、近年ではシミュレーションによる溶接高温割れの研究も盛んに行われています。両者を上手く組み合わせることで(例えば、BTRを計算で予測して試験条件を絞り込む、溶接実構造物にかかるひずみを計算して試験条件を設定する、など)、より確かな高温割れ感受性評価が可能になると期待されます。
<参考文献>
[1] 嶋田, 溶接学会誌 第78巻, 第4号(2009), 298-300.
[2] 篠崎ら, 第157回溶接冶金研究委員会資料(1999).
[3] 鈴木ら, 神戸製鋼技報 第54巻, 第2号(2004), 43-46.
[4] 柴原ら, 溶接学会誌 第86巻, 第1号(2017), 48-51.