溶接部は形状的に不連続部であり、応力集中を生じやすいという特徴があります。また、溶接部にはその熱履歴によって引張残留応力という見えない力が生じてしまうため、無負荷状態においても常時引張の力が生じている状態となってしまいます。これらの理由により、溶接部は構造物の中で疲労特性が特に劣る箇所であると言われており、現在、溶接部の疲労特性を改善するために、ピーニングと呼ばれる打撃処理やグラインダによる溶接止端部仕上げなどの機械的処理が実用化されています。さらに、これらに加え、溶接材料からのアプローチとして、低変態温度(Low Transformation Temperature)溶接材料と呼ばれる溶接材料の開発/実用化が進められています。
LTT溶接材料による疲労特性改善機構を紹介する前に、一般溶接材料を用いた場合に、溶接部近傍に引張残留応力が生じるメカニズムについて紹介します。アーク溶接はご存じのとおり、母材を局所的に融点以上に加熱、溶融させることにより金属同士を接合する技術です。母材からの拘束を考えない場合、融点以上に加熱された溶接金属は冷却過程において、一度固相変態による膨張を生じますが、最終的に常温では収縮状態となってしまいます(図1(a),図2(a))。しかし、実際には母材の拘束力が働くため、溶接部のような収縮部は強制的に引き伸ばされた状態となり、引張残留応力が生じ疲労特性が低下してしまいます(図2(b))。
一方、LTT溶接材料は適量のNiやCr、Mn等の合金元素の添加により、溶接金属の相変態を低温側にシフトさせているため、常温状態においても溶接金属が膨張状態となります(図1(b),図2(c))。そして、溶接金属が風船のように膨張することにより、母材からの拘束を受ける熱影響部は圧縮状態となり、溶接止端部には圧縮残留応力が付与されます。これにより溶接止端部には無負荷状態で圧縮力が生じ、たとえ、引張荷重が作用したとしても、引張力が緩和されるため、疲労特性を改善することが出来ます(図2(d))。
LTT溶接材料は日本発祥の技術であり、古くはマルテンサイト系ステンレス鋼をベースとした高合金成分系での開発が進められてきましたが、溶接性が悪く実用化には至っておりませんでした。しかし、近年、省合金化がすすめられ、低炭素鋼に近い成分系のLTT溶接材料が開発され、溶接性も大きく改善されているため、今後、広く実用化されていくことが期待されています。