2年にわたる本連載も今号で最後となります。これまで触れていない建築、造船、化工機、造管等で使用されているサブマージアーク溶接用材料、建築や土木で現地溶接に使用されるセルフシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの銘柄についてお話しいたします。
本文中の商標表記は次の通りです。 [F] FAMILIARC™ [T] TRUSTARC™ [P] PREMIARC™
サブマージアーク溶接法は、日本に導入された当時はユニオンメルト法と呼ばれていました。ユニオンメルト法はこの溶接法を開発したユニオンカーバイト社が付けた名前で、長らくこの名前で呼ばれており、ユーザさんで両面サブマージアーク溶接を「ユニオン」と呼んでいることもあります。
US-XXXはサブマージアーク溶接用ワイヤを指し、Uはユニオンメルト(Unionmelt)法から、SはSHINKO(神鋼)から取ったものです。代表的な銘柄では造船他で幅広く使用される[P] US-36、高張力鋼(590MPa級)用[T] US-49、低合金鋼用(1.25%Cr-0.5%Mo鋼)[T] US-511 等があります。
US-BXXはバンド溶接用フープ(Band hoopのB)、US-HXXは硬化肉盛用、HARDFACINGのH)、US-Wは耐候性鋼用(Weather ProofのW)のサブマージアーク溶接用ワイヤを指します。
神戸製鋼がサブマージアーク溶接用フラックスの生産を開始したのは昭和34年(1959年)になります。溶接材料技術、製造技術は先に述べたユニオンカーバイド社との技術提携によっており、銘柄名も同社のものをそのまま使用しLinde Grade20, Linde Grade 50, Linde Grade80等の溶融フラックスを製造していました。例えばLinde Grade 50は、グレード50、[F] G-50、リンデNo.50等と呼称されており、技術提携解消後も、[F] G-50の呼称が神戸製鋼銘柄として定着し[F] G-50、[F] G-55、[F] G-60、[F] G-80等として今日まで続いています。
サブマージアーク溶接用フラックスは、各種鉱物質、および/あるいは金属を原料にして成分調整したのちに均質に混合したもので、均質化する方法(製造方法)により溶融フラックスと焼結フラックスに大別されます。
溶融フラックスは、各種鉱物質原料を溶融して成分を均質化した後、凝固・粉砕・粒度調整したものです。前述のG-XXは溶融フラックスであり、その後神戸製鋼が独自開発した溶融フラックスにはMF(Melt Flux)の銘柄名が付いています。
代表的な銘柄としては、軟鋼から低合金鋼等に幅広く使用される[F] MF-38、[F] MF-38A、主に下向・水平すみ肉に使用される[F] MF-53や[T] MF-63、低合金用に使用される[T] MF-27や[T] MF-29等があります。
数字の部分のXXは、初期の製品ではフラックスの主成分の一つ、SiO2のおおよその含有量に由来しており、[F] MF-38、[T] MF-27、[F] MF-44、[F] MF-53等が該当します。その後の製品では同様に二けたの数字であっても直接成分とは関係なく命名されています。
サブマージアーク溶接用フラックスのもう一つの分類にボンドフラックス(焼結フラックス)があります。ボンドフラックスは粉状の各種フラックス原料を、水ガラスを粘結剤としてとして粒状にしたのち焼き固めたものです。英語で「粒状にする」「丸める」のことをPelletizeといい、PF-XXXのPFはPelletized Fluxの頭文字に由来しています。
[T] PF-100H、[T] PF-200、[T] PF-200S、[T] PF-500 等は低温鋼、耐熱鋼等低合金鋼の溶接に使用されるフラックスです。3桁の数字はリンカーン社のサブマージアーク溶接用フラックスの銘柄が8XX等3桁の数字であることが念頭にあってつけたようですが、数字自体には特別な意味はありません。
造船、鉄骨、橋梁等で使用される[F] PF-H45、[F] PF-H52、[F] PF-H55E、[T] PF-H80AK等のHは高性能等を意味するHigh Quality /High GradeのHから取っており、数字は溶接金属の強度に由来するものや、[P] PF-H13M(13% Cr-Mo)のように合金組成に由来するもの等があります。
フラックスとワイヤを組合せて使用する溶接法の高能率化には様々な方法があります。溶接に際しワイヤとともに溶融するフラックス中に多量の鉄粉、あるいは合金粉を添加して溶着速度を増加させる方法も広く採用されています。
PF-IXXはボンドフラックスであることを表すとともに、鉄粉(Iron Powder)を大量に含有していることを示しています。PF-IXXXはワイヤのみならずフラックスからも溶着金属を供給でき、同一電流下でもPF-HXXXやPF-XXXに比べ1.5倍の溶着効率を得ることができます。造船の片面溶接(FAB法、FCB/RF法)や建築鉄骨の4面ボックス柱の角溶接用のフラックスに適用され、厚板の1パス施工を可能にし、かつ溶接高速化を実現しています。造船の片面溶接施工法については表1をご参照ください。
石油プラント機器等へのステンレス鋼等の耐食合金肉盛溶接や各種ロール表面への硬化肉盛溶接では平滑で母材希釈の少ない安定した溶接ビードを高性能で施工することが要求されます。
これに対し、サブマージアーク溶接の要領で施工し、溶接材料として薄肉(板厚0.4~0.6㎜)、広幅(25~500㎜)の板状電極とフラックスを組合せて使用し1ラン溶接で電極と同幅の肉盛ビードが得られるバンド(アーク)溶接法あります。
神戸製鋼では、この溶接法に適用される溶接材料(帯状電極・フラックス)にはともにBand のBが付けられています。帯状電極/ フラックスの組合せでは[P] US-B309L/[P] PF-B1、[P] US-B347LP/[P] PF-B1FP(ステンレス鋼)、[P] USB-43/[P] PF-B350H(ロールの肉盛用)といった銘柄があります。
また、バンド溶接には電極の溶融をエレクトロスラグ溶接の要領で、溶融スラグ中の通電抵抗発熱による方式もあります。この方式に使用されるフラックスはガス発生量を極力抑えるとともに、溶融した時の電気伝導性を良くしています。代表的な銘柄としては[P] US-B309LCb/ [P] PF-B7FK等があります(写真1)。
溶接法の中にTIG(ティグ)溶接という方法があります。Tungsten Inert Gasの頭文字を取ったもので、タングステン電極でアークを発生させ、ワイヤ(溶加材)をアークに挿入、アルゴン等の不活性ガス(Inert Gas)でアークをシールドします。
TIG溶接に使用するソリッドワイヤは全て、[F] TG-S50のようにTG-SXXXで統一されています。TG-SはTungetenGas Solidの頭文字から命名されています。
神戸製鋼にはTG-Xで始まる、ステンレス鋼用のTIG溶接用フラックス入りワイヤがあります。ステンレスのパイプをTIGで裏波溶接する際に、パイプの中にもシールドガスを流さないと裏ビードが酸化したり、不安定になったり等の問題が生じます。TG-Xワイヤで溶接すると裏ビードがスラグで保護されるためバックシールドが不要となります。(但し、溶接後裏ビードに付着したスラグを処理すること、また運棒操作にテクニックが必要となります。)
TIG溶接は能率が良くない、高価なアルゴンガスを使用する必要がある等の欠点がありますが、スパッタが少なく溶接金属の健全性は一番であり、薄板の溶接、裏波溶接、アルミやチタン等溶接の難しい金属の溶接にはなくてはならない溶接法です。(表2 TIG溶接材料一覧をご参照ください。)
銘柄名 | 適用鋼種・特徴 |
---|---|
軟鋼~490MPa級鋼用( FAMILIARC™) | |
TG-S50 | 軟鋼~490MPa級鋼、アルミキルド鋼 |
TG-S35 | 軟質、高延性 |
低温・高張力鋼用(TRUSTARC™ TG-S709S除く) | |
TG-S62 | 550MPa~590MPa級鋼 |
TG-S80AM | 780MPa級鋼 |
TG-S709S | ハステロイ系ワイヤ、9%Ni鋼用 (PREMIARC™) |
TG-S1N | Ni含有、-60℃までじん性良好 |
TG-S3N | 3.5%Ni鋼用、-100℃までじん性良好 |
TG-S60A | 550~610MPa級鋼用 |
TG-S9N | 9%Ni鋼用共金材 |
低合金鋼用(TRUSTARC™) | |
TG-S56 | Mn-Mo, Mn-Mo-Ni鋼用 |
TG-S63S | Mn-Mo, Mn-Mo-Ni鋼用 |
TG-S1CM | 1~1.25%Cr-0.5Mo鋼 |
TG-S1CML | 1~1.25%Cr-0.5Mo鋼、低C |
TG-SM | 0.5%Mo鋼 |
TG-S2CM | 2.25%Cr-1%Mo鋼 |
TG-S2CML | 2.25%Cr-1%Mo鋼、低C |
TG-S2CW | 2.25%Cr-W-Nb-V鋼、低C |
TG-S5CM | 5%Cr-0.5%Mo鋼 |
TG-S90B9 | A5.28 ER90S-B9合致、9%Cr-1%Mo-Nb-V鋼 |
TG-S9Cb | 9%Cr-1%Mo-Nb-V鋼 |
TG-S12CRS | ASTM A213 Gr.T92, T122 |
TG-S2CMH | 2.25%Cr-1%Mo-V改良鋼 |
TG-S9CM | 9%Cr-1%Mo鋼 |
ステンレス鋼用(ソリッドワイヤ)(PREMIARC™) | |
TG-S308 | SUS304 |
TG-S308L | SUS304L |
TG-S309 | SUS309S、ステンレス鋼と他鋼種との異材溶接 |
TG-S309L | ステンレス鋼と他鋼種との異材溶接、低C |
TG-S316 | SUS316 |
TG-S316L | SUS316L、低温使用のSUS316 |
TG-S309MoL | ステンレス鋼と他鋼種との異材溶接、低C |
TG-S310 | SUS310S等 |
TG-S317L | SUS316LN, SUS317L |
TG-S347 | SUS347 |
TG-S347L | SUS347, 低C |
TG-S410 | SUS403, 410等 |
TG-S2594 | スーパー2相ステンレス鋼 |
TG-S2209 | 2相ステンレス鋼 |
TG-S410Cb | SUS403, 410, 410L, 405 |
ステンレス鋼用(フラックス入りワイヤ)(PREMIARC™) | |
TG-X308L | SUS304, 304L |
TG-X309L | ステンレス鋼と他鋼種との異材溶接 |
TG-X316L | SUS316, 316L |
TG-X347 | SUS347 |
ワイヤに内包するフラックスからシールドガスを発生させ、外部からシールドガスを供給しないで行うアーク溶接をセルフシールドアーク溶接といいます。「ノーガス溶接」といった方が通りが良いかもしれません。また昔は「オープンウェルド」とも呼ばれていました。
ワイヤは主に交流で使用するOW系と、直流DC(-)で使用するOW-S系があります。OWはOpen Weld(オープンウェルド)の頭文字を取ったものです。OW-SのSはSmall Diameter (細径)ワイヤであること、直流「正極性」で使用することから来ているようです(表3)。
特長 | 適用板厚 | 溶接機と極性 | ワイヤ径(mm) | 銘柄名( FAMILIARC™ ) |
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高能率 | 中厚(≤20㎜ ) | 交流垂下(AC) 直流定電圧(DCEP) | 2.4 3.2 | [F] OW-56A |
横向重視 | 中厚(≤20㎜ ) | 直流定電圧(DCEN) | 1.6 2.4 | [F] OW-S50H |
低電流重視 | 薄板(≤5㎜ ) | 直流定電圧(DCEN) | 1.2 | [F] OW-S50T |
同溶接法の最大の特長は、シールドガスが不要であり風速約10m/sまでの風に強いことです。一方でヒューム発生量が多い、等の課題はありますが、ガスボンベ不要であり、風に強いというメリット故に屋外での現場作業の多い土木建築関係で根強い人気があります。
ぼうだより 2014年1月号(Vol.479)から2年、11回に渡る本連載はこれにて終了となります。長きに渡りご愛読賜り、誠にありがとうございました。皆様に神戸製鋼の銘柄に親しみを感じて頂く機会となれば幸いです。なお、過去ぼうだよりの連載分(Vo.479 ~ 487)は「(旧)ぼうだより」バックナンバーよりご覧頂けます。
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