今回は硬化肉盛、鋳鉄用被覆アーク溶接棒の銘柄の由来をお話しします。肉盛は求められる硬さ、特性に応じ様々な銘柄がラインナップされています。鋳鉄(鋳鋼とは異なりますので注意!)の溶接は鋳鉄専用の銘柄が適用されます。
専門書などによると、固体と固体がある接触圧力の下で相対運動を起こすと、固体のいずれか一方、もしくは双方の摩擦が生じ、形状が変化していきます。ブルドーザーやショベルなど建設機械の部品の中の土砂や岩石などの硬い物質と接触するツース類、金属体が相互に接触するクローラのリンクとスプロケットの関係などはその典型です。
摩耗の進行度合は、接触圧力が高ければ高いほど、また、相互に接触する固体の硬さが低ければ低いほど、一般的に大きく、また温度などの環境にも影響されます。
このため、摩耗を軽減または防止する目的で接触部に硬さの高い物質を使用したり、固体同士が直接接触しないよう固体間に適当な液体(潤滑油)などを介在させる方法をとっています。硬化肉盛(ハードフェイシング:Hard Facing)溶接は前者に属する方法で、各種の機械部品の表面部に母材より硬さの高い金属を溶接により生成することで、稼働時の摩耗・変形を軽減し、機械設備・部品の長寿命化を図ることが出来ます。
また、摩耗・変形した部品の修復にも使用されています。
神戸製鋼では、本目的で使用されている被覆アーク溶接材料の銘柄名として「Hard Facing」の頭文字をとった「HF-XXX」を充てています。また、硬化肉盛用のフラックス入りワイヤとしてDW-HXXXシリーズがありますが、このHも「Hard Facing」の頭文字をとったものです。
神戸製鋼製の硬化肉盛用溶接金属の種類は、 ①少量のクロム・モリブデンなどを含む低合金タイプ ②10%前後を超えるクロム、マンガンなどからなる高合金タイプ ③3%前後の炭素を含む溶接金属に比較的多量の合金元素を添加した鋳鉄系タイプ、の3つに大別され、その原型は昭和27年から29年に開発・上市されています。その後、現存する表面硬化肉盛用被覆アーク溶接棒のほとんどが我が国の鉱工業生産が急激に拡大した昭和38年位までに開発され、今日に至っています。
もっとも初めに開発されたものの一つに高炭素・高マンガン系のPREMIARC™ HF-11、高炭素・中合金鋼系のPREMIARC™ HF-12 などがあります。「-11」は高マンガン鋳鋼(いわゆるハッドフィールド鋼)の特徴である11%マンガンに由来しています。「-12」はそれに次ぐ2番目の被覆アーク溶接棒として、「PREMIARC™ HF-13」は13%クロム系であることから「-13」を使用しています。
高クロム系としてはPREMIARC™ HF-30があります。「-30」は30%クロム系であることに由来しており、硬化肉盛用フラックス入りワイヤのPREMIARC™ DW-H30やPREMIARC™ DW-H30MVの「-30」も同様に30%クロム系であることを表しています。
PREMIARC™ HF-16の「-16」は高炭素-16% マンガン‐16% クロムの溶着金属を形成することに由来します。
「PREMIARC™ HF-240」から「PREMIARC™ HF-1000」などHFに続く数字が3~4桁の数字からなるグループがありますが、この3桁・4桁の数字は溶着金属の硬さをおよその「ビッカース硬さ」であらわしており、比較的やわらかいパーライト系溶接金属からタングステン炭化物を多量に含む高硬度のものまで広く含まれます。フラックス入りワイヤDW-HXXXシリーズも同様に、PREMIARC™ DW-H250からPREMIARC™ DW-H800まで、溶着金属のビッカース硬さを表す数字を銘柄にしたパーライト系・マルテンサイト系の銘柄があります。
その他の硬化肉盛用被覆アーク溶接棒が極軟鋼心線を使用し、合金元素をフラックスから添加している中でPREMIARC™ HF-1000のみが、フラックス入りワイヤ同様、主合金成分のタングステン炭化物を軟鋼フープに巻き込んだチューブ状の心線を使用するユニークな構造をしています。
硬化肉盛用溶接材料は、求められる硬さ、特性(耐金属間摩耗、土砂摩耗、高温摩耗、など)に合せラインナップされています。硬さの確保、割れの防止(軽減)には適切な溶接材料の選定と母材の錆やよごれ、割れの除去などの母材側の処理、熱管理など施工上の管理が重要です。
「CI-AXX」は鋳鉄用被覆アーク溶接棒です。“C” “I”はそれぞれ“Cast Iron”(鋳鉄)の頭文字に由来します。“A”はCM-AXXXで紹介の通り、心線に合金線が使われていることを表します。最初に開発された鋳鉄用被覆アーク溶接棒PREMIARC™ CI-A1(昭和30年開発)に合金線(純Ni線)が使用されており、以降55%Ni-Fe合金線のPREMIARC™ CI-A2(昭和33年開発)と続いています。その後は純鉄心線を使用したPREMIARC™ CI-A3にも本銘柄を付しています。
PREMIARC™ CI-A1は溶着金属中のニッケルの効果により母材部(鋳鉄)からの溶着金属への炭素の拡散をおさえることにより熱影響部の硬化を低減し、また延性に富んだニッケルベースの溶接金属と相まって延性の不足しがちな鋳鉄の溶接を可能にしています。
PREMIARC™ CI-A2は溶着金属のニッケルを35~45%として熱膨張係数を小さくすることで、溶接時の収縮応力に起因した割れの発生を軽減しています。
PREMIARC™ CI-A3は軟鋼系の溶接材料で、溶接金属は鋳鉄母材の溶込みによる炭素の影響で硬くなることから、PREMIARC™ CI-A1やPREMIARC™ CI-A2と比較して耐割れ性は劣ります。しかし鋳鉄母材とのなじみ性がよく、母材との色調差が少ないメリットもあり、小さな鋳造欠陥の補修にはよく用いられています。
なお、PREMIARC™ CI-A1から-3の数字は開発順序を示しています。
「MC」を称する被覆アーク溶接棒はPREMIARC™ MC-16のみです。低炭素系の16%マンガン-16% クロム溶接金属を生成し、高強度・高靱性の安定したオーステナイト組織が得られます。MCはそれぞれマンガン(Manganese)、クロム(Chromium)の頭文字、16はそれらの添加量(16%)を示しています。
PREMIARC™ MC-16は13%マンガン鋼の溶接などに使用される他に、透磁性が極めて小さいという特長からリニアモーターカーに使用される高マンガン系非磁性鋼板の溶接などで好評価を得ていました。
肉盛金属の種類 | フラックス入りワイヤ | 被覆棒 | ビッカース硬さ | 主な特長 | 主な特性 ※1 | |||||||
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耐金属間摩耗 | 耐土砂摩耗 | 耐高温摩耗 | 耐キャビテーション | 耐食性 | 耐熱性 | 耐衝撃性 | ||||||
パーライト系 | DW-H250, DW-H350 | HF-240, HF-260, HF-350 | 200~400 | 耐割れ性良好 機械加工容易 | ○ | △ | × | - | - | × | ○ | |
マルテンサイト系 | DW-H450, DW-H600 DW-H700, DW-H800 | HF-450, HF-500, HF-600 HF-650, HF-700, HF-800K | 350~800 | 耐摩耗性良好 | ○ | ○ | △ | - | × | △ | △ | |
13%クロムステンレス鋼系 | DW-H131S, DW-H132 | CR-134 | 350~500 | 耐酸化性,耐熱性,耐食性 耐摩耗性良好 | ○ | △ | ○ | ○ | ○ | ○ | △ | |
セミ・オーステナイト系 | - | HF-12 | 500~700 | 靭性・耐摩耗性良好 | ○ | ○ | △ | △ | △ | △ | △ | |
高マンガン・ オーステナイト系 | 13%Mn系 | DW-H11 | HF-11 | 150~500 | 靭性・耐衝撃摩耗性良好 加工硬化性大 | × | ○ | × | △ | × | × | ◎ |
16%Mn -16%Cr系 | DW-H16 | HF-16, MC-16 | 200~400 | 高温硬度大,靭性良好 | ○ | △ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
高クロム鉄系 | DW-H30, DW-H30MV | HF-30 | 600~800 | 耐エロージョン性極めて良好 耐食性,耐熱性良好 | △ | ◎ | ◎ | × | ○ | ○ | × | |
タングステン炭化物系 | - | HF-950, HF-1000 | 800~1200 | 耐重研削摩耗性極めて良好 | × | ◎ | × | × | × | × | × |
※1 ◎:極めて良好 ◯:良好 △:やや劣る ×:劣る -:一般に用いられない