当社では適用鋼種、用途に応じてさまざまなタイプのフラックス入りワイヤをラインナップしている。それぞれの特長や選択法を紹介する。
フラックス入りワイヤ(FCW)は、一般に高い溶着速度と優れた溶接作業性を有する。高い溶着速度によって溶接時間を短縮し、優れた溶接作業性で鋼板に付着するスパッタを低減して溶接後のスパッタ除去などの処理時間を抑え、生産性の向上に寄与する。特にオーステナイト系ステンレス鋼に適用すると、美しいビード外観と高い耐食性を備えた溶接部を得ることができる。
当社では以上のような特長を生かし、さまざまなタイプのステンレス鋼フラックス入りワイヤをラインナップしてきた。その代表がDWステンレスシリーズである。
DWステンレスは、100%CO2とAr-CO2のいずれのシールドガスでも安定したアークが得られる。さらにPREMIARC™DW-308L、PREMIARC™DW-316Lなどは、最適なスラグ設計により、溶接後に簡単にスラグを除去することができ、これにより、ビード表面へのテンパーカラー(焼き色)が防止される(図1)。テンパーカラーの発生を防ぐことで、酸処理にかかる時間を省き、生産性を高めることができる。
当社ではその他にも、メタル系FCWのMXシリーズ、純Ar MIG溶接法「MX-MIG」プロセス専用のMMシリーズ、裏波溶接用のTG-Xシリーズ、ニッケル基合金用のDW-Nシリーズなどを有している。
代表的なステンレス鋼用FCWの、JIS、AWS、ISOの構成を示す。いずれの規格も、溶着金属の化学成分、シールドガスの種類、適用できる姿勢で区分されている。
例としてPREMIARC™DW-308Lの規格表示を表1に示す。ステンレス鋼FCWの品名で溶着金属の化学成分を表す記号は、一般的にJISおよびAWSの表記にしたがっている。
表1 規格分類の一例(PREMIARC™DW-308L)
JIS Z 3323 | TS308L-FB0 |
---|---|
AWS A5.22 | E308LT0-1 E308LT0-4 |
ISO 17633 | -A - T 19 9 L R C1 3 -A - T 19 9 L R M21 3 |
DWステンレスでは基本となるシリーズであり、特に下向と水平すみ肉溶接での作業性に優れる。JISの分類で適用できる溶接姿勢を表す記号は「0」になる。汎用DWステンレスの銘柄の一例を表2に示す。母材の鋼種、用途によって銘柄を選定する(表3)。
一般的に溶接金属中のフェライトが低いと耐割れ性が劣化する傾向があるため、PREMIARC™DW-308,PREMIARC™DW-316は溶着金属のフェライトが10%前後になるように設計されている。
表2 汎用FCW銘柄の一例
銘柄 | JIS Z 3323 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ DW-308 |
TS308-FB0 | 20Cr-10Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-309 |
TS309-FB0 | 24Cr-13Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-316 |
TS316-FB0 | 19Cr-12Ni-2.3Mo | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-347 |
TS347-FB0 | 19Cr-11Ni-0.6Nb | 下向, 水平すみ肉 |
表3 溶接材料と対応母材の一例
溶接材料 | 母材 |
---|---|
308 | 304 |
308L | 304L |
309 | 異材 |
309L | 異材 |
溶接材料 | 母材 |
---|---|
316 | 316 |
316L | 316L |
347 | 321, 347 |
品名の化学成分を表す記号にLがついている銘柄は低炭素(Low carbon)を表しており、同じく低炭素の母材の溶接に適している。溶接部の炭素が高い場合、熱影響部でクロム炭化物が生成し耐粒界腐食性を低下させるため、低炭素のステンレス鋼は耐粒界腐食性に優れる。その一方で、強度が低下する傾向があることが注意点である。当社銘柄の一例を表4に示す。
表4 低炭素ステンレス鋼用FCW銘柄の一例
銘柄 | JIS Z 3323 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ DW-308L |
TS308L-FB0 | 20Cr-10Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-309L |
TS309L-FB0 | 24Cr-13Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-316L |
TS316L-FB0 | 19Cr-12Ni-2.3Mo | 下向, 水平すみ肉 |
表5 全姿勢溶接用ステンレスFCW銘柄の一例
銘柄 | JIS Z 3323 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ DW-308LP |
TS308L-FB1 | 20Cr-10Ni | 全姿勢 |
PREMIARC™ DW-309LP |
TS309L-FB1 | 24Cr-13Ni | 全姿勢 |
PREMIARC™ DW-316LP |
TS316L-FB1 | 18Cr-12Ni-2.8Mo | 全姿勢 |
品名の化学成分を表す記号にLTがついている銘柄は低温(Low Temperature)用であることを表している。一般的に溶接金属中のフェライトが高くなると低温じん性が劣化するため、フェライト量を抑制した設計となっており、液体窒素の沸点(-196℃)における吸収エネルギーを27J以上確保できる設計となっている。一方、低フェライトでは耐高温割れ性が劣化するため、じん性と同時に耐割れ性へのバランスに配慮し設計しているものの、溶接施工における割れを抑制するため、過剰な溶接電流や高速での溶接をさける、開先を広くするなどの注意が必要である。
当社銘柄と性能の一例を表6に示す。
表6 低温用ステンレスFCWの性能一例
銘柄 | JIS Z 3323 | 溶着金属化学成分(mass%) | 引張性能 | 衝撃性能(-196℃) | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
C | Si | Mn | Ni | Cr | Mo | FN* | TS (MPa) |
El. (%) |
吸収エネルギー (J) |
横膨出量 (mm) |
||
PREMIARC™ DW-308LT |
TS308L-FB0 | 0.021 | 0.31 | 2.49 | 10.36 | 18.58 | - | 3 | 530 | 51 | 38 | 0.60 |
PREMIARC™ DW-316LT |
TS316L-FB0 | 0.022 | 0.42 | 1.48 | 12.51 | 17.35 | 2.20 | 3 | 537 | 44 | 34 | 0.56 |
*)ディロングの組織図によるフェライトナンバー
汎用ステンレス鋼用FCWの多くのものには、溶接スラグはく離性を改善するため、低融点酸化物である三酸化ビスマスをごく少量添加している。ビスマスは表面活性元素であり、高温に長時間さらされると、境界に偏析し、持続的な引張荷重下で破損を促進する可能性がある。従ってビスマスを添加したステンレス鋼用FCWは、400℃を超える環境での使用や、500℃を超える溶接後熱処理(Post Weld Heat Treatment:PWHT)には適さないとAWSで説明されている。高温用FCWであるHシリーズはビスマスを添加しておらず、これらの用途に適している。
JIS Z 3323において、溶着金属中のビスマス含有量を10ppm(0.001%)以下に規定したワイヤは実質的にビスマスを添加していないのと同義、ビスマスフリーと解釈し、その種類を示す記号の後にBIFの記号を付与(例:YF308C-BIF)する。
表7に、高温用ステンレスFCWの一例を示す。また、308系と347系の高温引張試験結果に及ぼすビスマスの影響を図3に示す。ビスマスフリーの溶接金属は、ビスマス入りの溶接金属と比較し、高温延性が優れていることがわかる。
溶接金属中のフェライトは高温で脆いσ相に変態し、溶接部の機械性能を劣化させるため、Hシリーズはフェライトを汎用ステンレスFCWよりもフェライトを低く設計している。フェライトの基準として、API PR582 3rd Editionでは538℃を超える温度にさらされる場合に9FN(WRC-1992)以下とすることが要求されている。
表7 高温用ステンレスFCWの性能一例
銘柄 | JIS Z 3323 | 溶着金属化学成分(mass%) | 引張性能 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
C | Si | Mn | Ni | Cr | Mo | Bi | N | FNW* | TS (MPa) |
El. (%) |
||
PREMIARC™ DW-308H |
TS308H-BiF-FB0 | 0.060 | 0.42 | 1.50 | 9.62 | 18.68 | - | <0.001 | 0.027 | 3 | 575 | 48 |
PREMIARC™ DW-308LH |
TS308L-BiF-FB0 | 0.026 | 0.41 | 1.35 | 10.20 | 18.70 | - | <0.001 | 0.030 | 4 | 540 | 52 |
PREMIARC™ DW-316H |
TS316H-BiF-FB0 | 0.050 | 0.38 | 1.10 | 11.60 | 18.75 | 2.40 | <0.001 | 0.029 | 6 | 570 | 42 |
PREMIARC™ DW-316LH |
TS316L-BiF-FB0 | 0.023 | 0.45 | 1.08 | 11.94 | 18.47 | 2.45 | <0.001 | 0.030 | 7 | 540 | 45 |
PREMIARC™ DW-347LH |
TS347-BiF-FB0 | 0.027 | 0.38 | 1.18 | 10.20 | 18.87 | Nb:0.57 | <0.001 | 0.031 | 7 | 602 | 43 |
PREMIARC™ DW-309LH |
TS309L-BiF-FB0 | 0.028 | 0.47 | 1.24 | 12.58 | 24.17 | - | <0.001 | 0.021 | 20 | 578 | 39 |
PREMIARC™ DW-310 |
TS309L-FB0 | 0.18 | 0.48 | 2.15 | 20.56 | 25.48 | - | <0.001 | 0.018 | 0 | 618 | 36 |
*)WRC-1992線図によるフェライトナンバー
溶接ヒュームは、溶接中に発生した金属蒸気が空気中で冷却され形成される金属酸化物である。ステンレス鋼の溶接の場合、ヒュームには5~20%のCr酸化物が含まれ、その一部は有害な六価クロム化合物(Cr(VI))として存在し、世界中でより厳しく規制される流れになっている。
XRシリーズは溶接ヒューム中のCr(VI)を低減しており、308L、316L、309Lの3種類のステンレス鋼を対象に下向・水平すみ肉および全姿勢溶接用がラインナップされている。当社銘柄の一例を表8に示す。
図4は、Cr(VI)排出率(ISO 15011-1およびISO16740で測定)をそれぞれ示している。XRシリーズのCr(VI)排出量は、PREMIARC™DW-308LPのわずか1/6と大幅に抑制されている。
表8 ステンレス鋼用低Cr(VI)FCW銘柄の一覧
銘柄 | AWS A5.22 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ DW-308L-XR |
E308LT0-1/4 | 20Cr-10Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-309L-XR |
E309LT0-1/4 | 24Cr-13Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-316L-XR |
E316LT0-1/4 | 18Cr-12Ni-2.3Mo | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-308LP-XR |
E308LT1-1/4 | 20Cr-10Ni | 全姿勢 |
PREMIARC™ DW-309LP-XR |
E309LT1-1/4 | 24Cr-13Ni | 全姿勢 |
PREMIARC™ DW-316LP-XR |
E316LT1-1/4 | 18Cr-12Ni-2.3Mo | 全姿勢 |
DW-Tシリーズは薄板溶接用に低電流でも安定した溶接ができ、通常のFCWやソリッドワイヤでは0.9mmφに適用するような条件で、1.2mmφで溶接することができる。当社銘柄の一覧を表9に示す。
図5に水平すみ肉溶接の条件と脚長の関係を、図6に適正溶接条件範囲を示す。1.2mmφを使用した場合、100A程度の低電流溶接が可能で、脚長約3mmまで溶接できるほか、従来のワイヤでは困難であった板厚1.0~2.0mmの薄板溶接も可能である(図7)。また、再アーク性に優れ、タック(仮付け)溶接中に再スタート用の先端除去作業(ワイヤ先端の切断)の必要がないという特長もある。
表9 薄板用FCW銘柄の一覧
銘柄 | JIS Z 3323 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ DW-T308L |
TS308L-FB0 | 20Cr-10Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-T309L |
TS309L-FB0 | 24Cr-13Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ DW-T316L |
TS316L-FB0 | 19Cr-12Ni-2.3Mo | 下向, 水平すみ肉 |
品名DW-NのNはニッケル基を意味しており、ステンレス鋼用と同様に優れた溶接作業性を有している。
ニッケル基合金FCWの施工中、高温割れを抑制するために、過剰な溶接電流や高速での溶接を避け、開先を広くするなどの配慮が必要である。銘柄の一例を表10に示す。
表10 ニッケル基合金FCW銘柄の一例
銘柄 | JIS Z 3335 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ DW-N625 |
TNi6625-PB1 | 63Ni-21Cr-9Mo-3.5Nb | 全姿勢 |
PREMIARC™ DW-N709SP |
TNi1013-PB1 | 63Ni-7Cr-18Mo | 全姿勢 |
メタル系はソリッドワイヤとほぼ同等な溶着効率を持ち、スラグ系ステンレス鋼用FCWと比べて高能率溶接施工が可能である。当社銘柄の一例を表11に示す。
表11 ステンレス鋼用メタル系FCW一例
銘柄 | JIS Z 3323 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ MX-A308L |
TS308L-MM0 | 20Cr-10Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ MX-A309L |
TS309L-MM0 | 24Cr-13Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ MX-A316L |
TS316L-MM0 | 19Cr-12Ni-2.3Mo | 下向, 水平すみ肉 |
MMシリーズはMX-MIGプロセス専用のワイヤで、炭素鋼系とステンレス系が製品化されている。
MX-MIGプロセスは、ステンレス鋼の溶接においては以下の特長を発揮する。
(1) シールドガスに純Arを用いることにより、TIG並みの低Cな溶接金属が得られる。
(2) 150A程度の低電流域から300A程度の高電流域まで幅広い電流域で使用可能。
(3) 低スパッタ、低ヒューム化による溶接環境の改善。
(4) 溶着金属の低C化によりTIG並みの耐食性を得ることができる。
(5) 300Aの高電流域においてもCO2溶接150Aと同等の希釈率と、低希釈。
MMシリーズの、ステンレス鋼用FCW銘柄の一覧を表12に示す。
表12 MX-MIGプロセス専用 ステンレス鋼用FCW銘柄の一覧
銘柄 | JIS Z 3323 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ MM-308L |
TS308L-FG0 | 20Cr-10Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ MM-309L |
TS309L-FG0 | 24Cr-13Ni | 下向, 水平すみ肉 |
PREMIARC™ MM-316L |
TS316L-FG0 | 19Cr-12Ni-2.3Mo | 下向, 水平すみ肉 |
TIG溶接によるステンレス鋼管のルートパス溶接(裏波溶接)では通常、バックビード(裏ビード)の酸化を防ぐために純Arガスによるバックシールド(バックパージ)が必要である。しかし、シールドに必要な時間とArガスコストが膨大で、作業者の酸欠のリスクもある。
TIGルートパス溶接用フラックス入り溶加棒TG-Xシリーズは、FCWと同様にフラックスを内包するTIG溶接材料で、溶接スラグが裏ビードを保護するためバックシールドが不要になる。当社銘柄の一覧を表13に示す。PREMIARC™TG-X308Lによるパイプ円周のルートパス溶接におけるビード形状と裏ビードを図8に示す。
TG-Xワイヤの棒送り速度は、従来のTIGワイヤとは若干異なり、適量を確実に溶融するために、小刻みで速いピッチで行うことが必要である。また、TG-Xワイヤは裏波専用で、2層目以降はスラグ巻込みが発生しやすいため使用を推奨しない。
表13 フラックス入りTIGワイヤ銘柄の一覧
銘柄 | JIS Z 3323 | 主成分系 | 適用姿勢 |
---|---|---|---|
PREMIARC™ TG-X308L |
TS308L-RI | 20Cr-10Ni | 全姿勢 |
PREMIARC™ TG-X309L |
TS309L-RI | 24Cr-13Ni | 全姿勢 |
PREMIARC™ TG-X316L |
TS316L-RI | 19Cr-12Ni-2.3Mo | 全姿勢 |
PREMIARC™ TG-X347 |
TS347-RI | 19Cr-10Ni-0.6Nb | 全姿勢 |
神戸製鋼は、鋼種・用途・溶接姿勢など、あらゆるニーズに対応するステンレス鋼用FCWをラインナップしている。ステンレス鋼用の溶接材料選定で迷ったら、ぜひお問合せいただきたい。
出典)
1)、6)、7) KOBELCO WELDING TODAY 2016 Special Edition(Stainless Steel)
2) 神戸製鋼技報/Vol. 54 No.2 (APR. 2004)
3)、4)、5) KOBELCO WELDING TODAY/Vol.16 2013 No.3