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EBSD法による結晶解析技術の活用例


1.はじめに

金属の性質を特長づける結晶構造や結晶方位は、これまでさまざまな手法で調査されてきました。その中に、EBSD法(Electron BackScattered Diffraction pattern)と呼ばれる技術があり、ここ20年ほどの間に広く活用されるようになりました。今回は、まず金属における結晶構造や結晶方位について概説し、その後、EBSD法による結晶解析技術およびその活用事例について紹介します。


2.金属材料の構成

2-1. 結晶および結晶構造とは

原子、イオンあるいは分子が規則的に並び、積み重なった固体を結晶と呼びます。我々が普段手にしている金属のほとんどは、金属原子の結晶が複数集まってできた多結晶体です。この多結晶体を構成する1つ1つの結晶を結晶粒と呼び、その結晶の構造を、結晶構造といいます。

2-2. 相とは

図1 結晶構造の模式図
図1 結晶構造の模式図

純鉄の場合、固体の状態であっても温度や圧力によって図1に示す体心立方晶または面心立方晶の2種類の結晶構造をとることができます。鉄において、図1左の体心立方晶を取るものをフェライト相と呼び、図1右の面心立方晶を取るものをオーステナイト相と呼びます。水を例にあげると、同じ物質でも水蒸気、水、氷のように異なる相(気相、液相、固相)として扱うのと同様に、結晶構造の異なる2種類の固体の鉄も、それぞれを異なった相として扱います。

このオーステナイト相およびフェライト相は、鋼にも存在し、鋼の特長に大きく影響します。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼の溶接の際に発生する高温割れは、凝固過程において、P、Sなどの低融点化合物がオーステナイト粒界や柱状晶粒界に偏析するために生じやすいのですが、オーステナイト相中にフェライト相が数%存在するように溶接材料や溶接条件を調整すると、高温割れを抑制できます。この理由の1つは、フェライト相はオーステナイト相に比べ、PやSなどの有害元素を結晶内に多く取り込み、偏析を軽減させるためといわれています。

なお、鋼のような合金の場合、温度や圧力のみならず、成分の変化で相が変化することがあります。

2-3. 結晶方位とは

図2 結晶方位・結晶粒界の模式図
図2 結晶方位・結晶粒界の模式図

結晶の向きを結晶方位といい、結晶粒と結晶粒の境界のことを結晶粒界といいます。図2に結晶方位と結晶粒界の模式図を示します。ここでは、結晶粒それぞれの結晶方位を格子の図形で示しています。一般的には、結晶粒間の方位の差が15°以上となるような粒界を大傾角粒界、それ以下を小傾角粒界といいます。

結晶構造、結晶粒のサイズ、結晶方位、相は、いずれも金属の性質に大きく影響します。そのため、材料を調査するうえで、結晶解析技術はとても重要です。


3. EBSD法の原理と特長

3-1. EBSD法の原理

EBSD法には電子顕微鏡とそれに付属する専用の装置が必要です(写真1)。電子顕微鏡とは光の代わりに電子線を当てて観察や分析を行う顕微鏡で、電子線を観察試料の表面に当てた時に、放出される信号を解析するものです(図3)。

写真1 電子顕微鏡の外観
写真1 電子顕微鏡の外観
図3 試料表面から得られる信号の一例
図3 試料表面から得られる信号の一例

EBSD法の仕組みを図4に示します。試料を傾けて電子線を当てると、電子線は試料の表面で反射や回折し、特性X線や二次電子のほかに、後方散乱電子(BackScattered Electron)と呼ばれる電子が放出されます。この電子をスクリーンに投影すると、電子線を当てた位置の結晶構造と向きに由来した模様(これを菊池パターンと呼びます)が映し出されます。この測定を分析範囲で1点ずつ行い、その解析結果を並べて2次元のマッピング画像を描くという仕組みです。

図4 EBSD法の仕組み
図4 EBSD法の仕組み

3-2 EBSD法と他の結晶解析技術の比較

EBSD法の特長について、他の結晶解析技術と比較しながら述べます。結晶解析技術にはEBSD以外にもさまざまなものがありますが、解析の手法ごとに、得られる情報の違いや長所・短所があります(表1)。

例えばX線回折法は、分析範囲の平均化された情報を解析するので、結晶の2次元的な分布情報は得られません。また、TEM電子回折では、分析範囲はごく局所であるため、広い範囲の情報を得ることは困難です。

その中でEBSD法は、材料の特長を調査するうえで重要な、結晶構造や方位、相の情報を、ある程度広い領域で、どのように分布しているのかまで捉えることができます。これが、結晶解析にEBSD法を使用する利点です。

もちろん、X線回折、TEM電子回折にも、ほかの解析技術にない利点があり、目的に応じた使い分けが重要です。

表1 EBSD法と他の結晶解析技術との比較
表1 EBSD法と他の結晶解析技術との比較


4. EBSD法により取得できる情報

EBSD法により取得できる情報のうち、結晶方位、大きさの解析と相の解析について、実際のマップを用いてご紹介します。

①結晶方位、大きさ、分布

図5は9Cr鋼母材を分析した結果です。図5の左はIQ(Image Quality)マップといい、各測定点から得られた菊池パターンの鮮明度(強度や鋭さ)を示しており、明るくなるほど鮮明度が高く、反対に暗い個所は鮮明度が低いことを示します。そして、図5中央が結晶方位の違いを色の違いで示したマップです。色と方位の対応は、結晶方位マップの右下に示す3角形の図(逆極点スケールといいます)で示しています。

図5 9%Cr鋼のEBSD解析結果
図5 9%Cr鋼のEBSD解析結果

結晶方位とその方向の揃い具合は、金属の強度や加工性に影響します。図5の結晶方位マップを見ると、黄緑色で示される向きの結晶粒が多く見られますが、赤や紫など、全く異なる色で示される方位の結晶粒もあり、全体的にはランダムな方位を向いています。

また、結晶粒の大きさは、金属のじん性に大きく影響します。一般的には、結晶粒が小さいほど、衝撃に対して強くなります(結晶粒微細化効果)。

結晶の大きさを、結晶粒径と呼びます。図5の結晶方位マップで得られたデータについて、結晶粒径を個々の結晶粒の面積から円相当の直径として算出し、粒径ごとの面積率とまとめたものが図5の右のグラフです。ここでは、15°以上の方位差を持つ境界を結晶粒界と定義して、結晶粒径を算出しています。

これを見ると、分析範囲の結晶粒は最大でも直径20μm程度であること、直径12μm以下の結晶粒の面積率が約80%と多いことが分かります。

このように、EBSD法では結晶粒径ごとの面積率や大きさの分布、数量などを定量的に示すことができます。

②結晶の相とその分布

図6にオーステナイト系ステンレス鋼の溶接金属(YS308)を対象にEBSD法で相解析した結果を示します。図6右が相マップで、薄オレンジ色はオーステナイト相に、緑色はフェライト相に該当します。

先述のとおり、溶接時の高温割れを抑制するため、溶接金属中にフェライト相(厳密には、高温からの冷却時に液相から晶出するフェライトで、δフェライトと呼びます)が適宜存在するように成分設計されています。相マップを用いることで、その分布状況の確認や、相の割合の定量評価を行うことができます。

なお、フェライト量を評価する方法としては、エッチングによる方法(点算法)やフェライトスコープによる測定などがあります。2019年10月号で紹介していますので、ご参照ください。

図6 オーステナイト系ステンレス鋼溶接金属のIQマップと相解析結果
図6 オーステナイト系ステンレス鋼溶接金属のIQマップと相解析結果


5. 最後に

今回は、「EBSD法による結晶解析技術の活用例」について、実際の解析結果を交えて紹介しました。本稿で述べたように、材料の性質を理解する上で、結晶解析技術はとても重要です。当社では、EBSD以外にも、X線回折や電子顕微鏡など、目的に応じて装置や手法を使い分け結晶解析に対応しておりますので、ご相談いただければ幸いです。


<参考文献>

1) 牧正志:鉄鋼の組織制御

2) 渡辺義見 他:図でよくわかる機械材料学, コロナ社

3) 本間弘之:溶接割れとその防止 3 溶接高温割れ, 溶接学会誌, Vol.57, No.7 (1998)

4) 鈴木清一:EBSD読本, TSLソリューションズ

5) 松原英一郎 他:金属材料組織学, 朝倉書店

6) 鈴木清一:EBSD法, 溶接学会誌, Vol.85, No.8 (2016)

コベルコ溶接テクノ(株)技術調査部
笠井 一輝
コベルコ溶接テクノ(株)ウェブサイト
https://www.kobelco-kwts.co.jp/


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