平安時代初期に成立したとされる「竹取物語」にある、竹取の翁の「野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり」というくだりは、あまりにも有名な一文だ。この記述のとおり、竹は古来、日本建築や造園から庶民の生活道具にいたるまで、幅広い分野のものづくりにおいて欠かせない素材であった。特に鎌倉後期以降は、茶の湯の隆盛とともに竹の用途が茶道具へも広がり、時代が進むにつれて、多種多様な竹の育成や加工技術など、多くの知見が蓄積されてきた。
竹材は、青々とまっすぐ伸びた見た目の清々しさと、他の材料では代用できないユニークな加工特性をもって、日本人の文化と生活に寄り添ってきたのだ。
竹や笹と呼ばれる種類は、世界に約1,300種、日本国内には約600種もあるといわれる。生物学的には、竹はイネ科の植物だ。4月の中頃からタケノコとして生え始め、そこからわずか1か月あまりで成長を終え、以降は伸長しなくなる。
日本国内で竹細工にもっともよく使われる竹は、直径は平均的なもので5~10cm程度、高さは15~20mにもなるマダケ(真竹)で、弾力と強度に優れる絶好の工芸素材だ。径にあたる厚みの部分は材質部と呼ばれるが、マダケはこの材質部が比較的薄く、細くて薄い竹ひごに加工しやすい。また、竹ひごを編む際には、竹の節の部分が邪魔になるため、節間(節と節の間の長さのこと。せっかん)が長いことも都合がいい。
モウソウチク(孟宗竹)といえば、春の味覚・タケノコだ。食用として馴染みのある種類だが、日本の自生種ではなく、江戸時代に中国から持ち込まれたという記録がある。育てば直径18cm、高さ20m以上と、マダケよりもさらに大型化する種類だが、材質部は分厚くて節間も短く、弾力性に欠ける。そのため「編む」ような細工には向かないが、建築資材や、空洞を活かした花器などのうつわにはよく利用されている。
ほかに、寒冷な東北地方や高地では、耐寒性のあるハチク(淡竹)が工芸素材に使われる例も多いようだ。ハチクは径が細めで割りやすく、茶筅などの茶道用具にも利用される種類である。
生物学的な分類とは別に、竹の外観を捉えた名称は、さらに多種多様に及ぶ。たとえば、京都府の伝統工芸品に指定されている京銘竹の場合は、「白竹」、「ゴマ竹」、「亀甲竹」、「図面角竹」。いずれも、あくまでも見た目を基準にして分類したものだ。
伐採したままの竹の、青々とした見た目を活かした姿が「青竹」。一方、「白竹」は炭火やガスで青竹の表面を炙って油分を抜き、太陽光線によく当てて乾燥させたもので、独特の光沢は年月を経るとともに豊かになっていく。
竹林内で竹が立ち枯れたときに、表面に点々としたゴマ模様の表れたものが「ゴマ竹」だ。わざと成長途中の竹の上部を切って枯れさせ、このゴマ模様を人工的に再現することもある。また「亀甲竹」と呼ばれる竹は、孟宗竹の突然変異とも言われ、時代劇に出てくる杖のような、一風変わった形状をしている。「図面角竹」といって、育成過程の竹を四角い枠で覆って角形の竹を育成するものもあり、主に建築材料などに用いるという。
ほかには「煤竹」と呼ばれる独特の素材もある。茅葺き屋根の屋根部材として使われていた竹が、長年かけて囲炉裏の煙に燻され、煤の色に変化したものだ。竹が、人の生活に長く寄り添ってきたことを象徴するような素材として興味深いが、茅葺き屋根の家自体が減っている現代においては、これも希少な材料になってしまった。
竹は縦方向に割りやすく、軽くて弾力があるため、木材では加工しづらいような編みかごや曲げ物も作り出すことができる。特に、かごやざるを編む材料となるのは「竹ひご」だ。
竹ひご作りは、円筒状の竹を細く割ることから始める。竹の端から鉈を当て、縦方向に割っていく。半分に割った竹を、さらに半分、また半分。割り終わった竹は、そのままの厚みでは編むのに支障があるため、「へぎ」と呼ばれる作業で竹の内側の繊維を剥いで調整する。
より均質な材料を得るために「幅引き」という手順がある。小刀を2本、ハの字の形に作業台へ打ち込んで、ひごを2本の小刀の刃の間に引きながら通していくと、より厳密にひごの横幅が揃えられていく。この段階までくると、もはや「割る」というよりも「削る」と表現したほうがしっくりくるほどの、ごくわずかな調整だ。ひごの角の面取りをし、最後に各々の厚みを揃える。多くの工程を経て、ようやく、編む材料が整うというわけだ。
いずれの工程も、一見すると、ただ単調な繰り返しの手順に見えがちだが、職人は絶えず力加減を調整し、わずかな幅のズレを修正しながら割り進める。非常に繊細な作業である。
また、かごやざるの材料として必要なひごの厚みや幅は、制作物のデザインによってそれぞれ異なる。そのため、特殊な場合を除いて、将来の作品のためにひごを作り置きしておくことはできない。制作のたびに、時には数百本もの専用のひごを作る必要があるのだ。
竹工芸には、大別すると、細く割ったひごを編んでかごやざるをつくる編組(へんそ)と、円筒形のままの竹を加工する丸竹(まるたけ)という2つの分野がある。ひごを使用するのは、編組によるかごやざる作りのほうだ。
竹の編み方には、百種類以上の図案があるとも言われる。たとえば、基本的な編み方のひとつである四ツ目編みは、ひごの縦横の幅が同じものを直角に交差させながら、四角形の文様になるように編んでいくもの。一方、ポピュラーな六ツ目編みは、左右と斜め、横方向に計六本のひごを組んでいく。三角形を重ねた、頑丈な六角形が特徴の編み方だ。
なぜ、均質なひごが必要なのかといえば、最終制作物に狂いを出さないため、その一点に理由は尽きる。いずれの編み方も、竹ひごを「重ねて」いくものだから、竹どうしを編んで重ねる回数が増えるうちに、各々の材料のズレや歪みは相乗的に大きくなってしまう。
職人たちは、材料のひごづくりに、全体の工程のうち実に6~8割もの時間を費やすという。制作物に合わせて材料を整えることこそ、編組の要ではあるが、材料そのものは特段目を引くようなものでもなく、見過ごされがちな部分である。だが、その細部にこそ職人は心を砕き、技を尽くすのだ。
京都市内で作品制作を行う髙比良護さんは、異色の経歴の持ち主だ。大学卒業後はじめての就職先は、なんと航空機の整備部門。「根っからの理系なので、竹の編み目の幾何学模様に惹かれるんです」と、髙比良さんは笑う。
業界では、編組か丸竹、どちらか片方の技術に特化した職人が大多数を占める中、髙比良さんのように両方の分野にわたって制作を行う作家は珍しい。さらに髙比良さんは、表千家の講師という全く別の顔も持っている。茶道具の作り手でもあり、ユーザーでもあるというわけだ。
「編組の場合は、均一に揃っていることが美しいとされますが、丸竹で茶道具を作るとなると、逆に素材の持ち味、不揃いな部分こそが魅力になることもあるんです。昔の茶人は、自ら竹林に入って茶道具の素材を探し、不思議な斑点があるとか、腐り落ちた部分が空洞になっているとか、独特の表情のある竹を見つけては“お宝だ”なんて喜んだのでしょうね」。
ビジネスの世界でも、パラレルキャリアの人材に注目が集まる現代だ。伝統工芸の分野でも同様に、複数の世界を行き来しながら作品制作を行う、髙比良さんにしか持ち得ない視点や世界観がある。
「後継者不足だとよく言われますが、実際に足りないのは人じゃない。仕事を覚えたい人はいるのに、後を継いだら食べていけないというのが正確な現状だと思いますね。だからこそ、私自身も、いま何を作り、どうやってお客様に届けるかということはずっと課題として考えていきたい。細々でもいい、長く制作を続けていきたいと思います」。
髙比良さんの手の内には、いつも世界が豊かに重なり合っている。その手は、この先も、私たちが知らなかった景色を描いて見せてくれるだろう。