国内では溶接現場の自動化・合理化が進展し、溶接材料も被覆アーク溶接棒からソリッドワイヤ・複合ワイヤへシフトする傾向にあります。被覆アーク溶接棒の使用量は年々減少する一方ですが、シールドガスを使わず簡素な溶接機で場所を選ばずアーク溶接が可能な被覆アーク溶接は、今後もなくなることはないと捉えています。
本稿では、国内の鉄骨・橋梁・産業機械などの幅広い業種分野において、被覆アーク溶接作業に従事されているお客様からのご意見・ご要望に基づき、開発・商品化した、低水素系被覆アーク溶接棒FAMILIARC™ LB-50FT(以下、LB-50FTと称する)を紹介します。
LB-50FTはJIS Z 3211 E4916 Uに該当する490MPa級鋼高張力鋼用 低水素系被覆アーク溶接棒です。
LB-50FTには2.6~6.0mmのサイズがあり、内装にアルミラミネート脱気包装を適用した『再乾燥省略可能タイプ』は3.2mmと4.0mmにて提供しております。
JIS Z 3211に基づいた試験方法による、LB-50FT4.0mmの溶着金属の化学成分の一例ならびに溶着金属の機械的性質の一例を【表1】、【表2】に示します。
C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr | Mo | V | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
LB-50FT | 0.08 | 0.63 | 0.93 | 0.011 | 0.002 | 0.01 | 0.02 | <0.01 | 0.01 |
JIS Z 3211 E4916 U |
0.15 以下 |
0.75 以下 |
1.60 以下 |
0.035 以下 |
0.035 以下 |
0.30 以下 |
0.20 以下 |
0.30 以下 |
0.08 以下 |
引張試験 | 衝撃試験 | ||||
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引張強さ [MPa] |
耐力 [MPa] |
伸び [%] |
試験温度 [℃] |
シャルピー吸収エネルギー [J] |
|
LB-50FT | 595 | 510 | 25 | -30 | 平均142(137,153,135) |
JIS Z 3211 E4916 U |
490以上 | 400以上 | 20以上 | -30 | 47以上 |
前述のとおり、LB-50FTには内装個包装を「アルミラミネート脱気包装」にしたタイプがあります。この包装形態の製品では、従来包装品(内装=紙箱+ポリエチレンフィルム)で推奨している溶接前の再乾燥を省略した場合も良好な低水素特性が得られます。
LB-50FT 4.0mmのアルミラミネート脱気包装品(再乾燥なし)と従来包装品(350℃×1hの再乾燥あり)で、30℃/80%RHの環境に溶接棒を暴露したときの、被覆剤の水分量およびJIS Z 3118に準拠する拡散性水素量の比較例を【図1】、【図2】に示します。
水蒸気分圧の高い環境(30℃/80%RH)に暴露した際、一般的に被覆剤は吸湿して水分量は上昇しますが、アルミラミネート脱気包装品の中身を再乾燥なしで8時間吸湿させた場合も、従来包装品で再乾燥を施したものと同等水準の吸湿量であることが判ります。
また、拡散性水素量についても同様に、従来包装品で再乾燥を施したものと同等水準の結果が得られています。
アルミラミネート脱気包装は、被覆アーク溶接棒と外気の接触を遮断できるため、製造時の十分に乾燥された被覆剤水分量を維持したままの状態で、お客様の溶接現場へデリバリーできることが示されています。
前項の【図2】に示したとおり、アルミラミネート脱気包装品であっても、夏季の高温多湿な環境では、開封後8時間暴露することにより、拡散性水素量は4mL/100g程度から約2倍に増加しているため、開封直後に比べると、低温割れには十分な留意が必要であるといえます。
ここでは、30℃/80%RHの環境で8時間暴露したLB-50FT 4.0mmを用いて、窓枠拘束割れ試験を実施した結果の一例を紹介します。
窓枠拘束割れ試験の試験条件を【表3】に、開先形状ならびに積層方法の模式図を【図3】に示します。また、窓枠拘束割れ試験体のUT(超音波探傷)およびMT(磁粉探傷)による横割れ判定結果を【表4】にまとめます。
夏季の高温多湿な環境を想定し、アルミラミネート脱気包装を開封し8時間暴露したLB-50FTを用いた場合も、板厚25mmtの窓枠拘束割れ試験で低温割れは発生しないことを確認できました。
供試鋼板 | SM490 |
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試験体サイズ | 25t×(150+150)w×300L |
開先形状 | 60°Y開先 |
ルート間隔 | 0mm |
ルート面 | 5mm(開先深さ:20mm) |
供試棒 | A:従来包装品(開封直後) B:アルミラミネート脱気包装品 ( 30℃/80%RHで8時間暴露後) |
予熱・パス間 温度 |
①50±3℃ ②75±3℃ |
溶接雰囲気 | 約30℃/70%RH(H2O分圧:約30hPa) |
A:従来包装 開封直後 |
B:アルミラミネート 30℃/80%RHで8時間暴露 |
|||
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予熱・パス間温度 | ①50±3℃ | ②75±3℃ | ①50±3℃ | ②75±3℃ |
UT | 横割れからの エコーなし |
横割れからの エコーなし |
横割れからの エコーなし |
横割れからの エコーなし |
MT | 表面~深さ10mmまで横割れなし | 表面~深さ10mmまで横割れなし | 表面~深さ10mmまで横割れなし | 表面~深さ10mmまで横割れなし |
低水素系被覆アーク溶接棒は、従来包装品の場合、溶接前に350℃×1hの再乾燥を推奨していますが、アルミラミネート脱気包装品では再乾燥を省略しても従来包装品で再乾燥を実施したときと同等水準の水分特性、拡散性水素特性が得られることは、3項で述べたとおりです。しかし実際の溶接現場においては、大型の乾燥炉で溶接棒を乾燥し終えた後、容量5~10kg程度の携帯用溶接棒乾燥器に溶接棒を移し替えて使用することが多いと認識しています。
それを踏まえ、夏季の高温多湿な環境を想定した雰囲気中で、携帯用溶接棒乾燥器でLB-50FTを保管した場合の拡散性水素特性を確認しました。
拡散性水素測定の試験条件を【表5】に、高温多湿環境下で携帯用乾燥器内に24時間まで保管したときの、拡散性水素特性を【図4】に示します。
30℃/80%RHの環境下において、開封直後の拡散性水素量は5 ~7mL/100gの水準ですが、同じ雰囲気環境下で携帯用溶接棒乾燥器にLB-50FTを保管し続け、経過時間ごとに拡散性水素試験に供試したところ、24時間経過した場合も開封直後とおおむね同等水準の拡散性水素特性を得ることが確認できました。
供試棒 | LB-50FT 4.0mm アルミラミネート脱気包装品 |
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試験雰囲気 | 30℃/80%RH(H2O分圧:約33hPa) (乾燥器の設置雰囲気、溶接雰囲気) |
乾燥器内温度 | 約160℃(実測値) |
溶接電流 | 150A (AC) |
備考 | 溶接雰囲気を除く試験方法は JIS Z 3118に準拠 |
LB-50FTは同系統の従来材(E4916 U)と比較し、アーク安定性に優れ、スパッタ発生量が少ないという特長を有しています。従来材と比較したLB-50FTの溶接電流およびアーク電圧の時間変動波形の一例を【図5】に示します。
また、LB-50FTはスラグはく離性に優れており、溶接後のスラグは自然はく離しやすいです。LB-50FTのスラグ除去前のビード外観一例を【図6】に示します。なお、溶接ビードが露わになっている箇所は溶接後に自然はく離した箇所を意味しています。併せて、溶接ビードの断面マクロの一例を【図7】に示します。
LB-50FTの溶着金属に溶接後熱処理を施したとき、耐力および引張強さに及ぼす熱処理条件の影響を【図8】に示します。なお、溶着金属はJIS Z 3211に基づいた試験条件(母材鋼板:SM490A、電源極性:AC、溶接電流:160A、積層数:8層16パス、予熱/パス間温度:100~110℃)を適用しています。
LB-50FTのアルミラミネート脱気包装品では、開封後に再乾燥を省略した場合も、従来包装品で350℃×1の再乾燥を施した場合と同等水準の拡散性水素特性を有しています。また、夏季の高温多湿な環境を想定した雰囲気で、開封後に溶接棒を暴露した場合も、8時間以内であれば拡散性水素量は10mL/100g以下の水準であり、優れた耐低温割れ性を有していることも確認できております。
本稿で紹介した、良好なアーク安定性でスパッタ発生量は少なく、優れたスラグはく離性を有した、全姿勢溶接に好適な490MPa級高張力鋼用の低水素系被覆アーク溶接棒LB-50FTを皮切りに、低水素系被覆アーク溶接棒のほかの銘柄にも、アルミラミネート脱気包装品の拡充を進めていきます。