KOBELCO書房 第2回

発想の新機軸! ~過去のイノベーションに学ぶ

イノベーションの瞬間、そこでは何が起こったのか?

どんな研究・開発においても「世界がガラリと変わった瞬間」があったはずだ。そこで今号は、ドラマティックでわくわくするような「その瞬間」を、本の世界の中で私たちも追体験してみよう。

「他分野の専門的な話題には付いていけない」、「理系分野の話題には疎いから」と身構えてしまう方にこそ読んでほしい。新しい発見や開発の過程のドラマ、背景、人物などを描いた読み物としても楽しむことができて、同時に当該分野の入門知識も身に付くような、読み応えのある良書をラインナップしてご紹介する。

すぐそこにある材料の、内なる驚異の宇宙へ

『人類を変えた素晴らしき10の材料: その内なる宇宙を探険する』

マーク・ミーオドヴニク/著 松井信彦/翻訳 インターシフト 2015/9/28

ガラスが透明なのはなぜ? スプーンには味がないわけは? チョコレートの美味しさの元は?

ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ(UCL)の「材料と社会」学部教授にして、『タイムズ』紙による英国で最も影響力のある科学者100人に選出されたマーク・ミーオドヴニク教授による材料科学の入門書。世界16か国刊行の大ベストセラー!

本書で記述されるのは、「鋼鉄」、「紙」、「コンクリート」、「チョコレート」、「フォーム(泡)」、「プラスチック」、「ガラス」、「グラファイト」、「磁器」、「インプラント」の10の材料。これらごく身近な材料について化学的な性質を解説するとともに、歴史的、社会的背景についても多角的に考察し、人類の運命を変えた「材料」の内なる驚異の宇宙へと誘う。

材料科学の基礎として初学者が学ぶ概念のひとつに「転位」がある。辞書的に説明すれば、転位とは「金属原子の結晶配列に存在するズレのこと」。金属に力を加えると曲がるのは、転位付近の原子が再配置されることによって、転位の位置が移動するからだ。

ゼムクリップを曲げるとき、あなたは約100000000000000個(100兆個)の転位を速さ毎秒数十万メートルで動かしている。(P24より)

「ゼムクリップを曲げる」、ただそれだけのことが、実はこんなにも劇的な意味を持っていたのか。それを知らされると、無味乾燥に感じられた「転位」の解説ひとつが、突然、鮮やかでドラマティックなことのように感じられるのだから、不思議なものだ。

もうひとつ、本書の中から例を挙げてみよう。たとえば「炭素」の話題のなかでは、2010年度にノーベル物理学賞を受賞した驚異の素材、グラフェンが取り上げられている。主に近未来の優れたタッチスクリーン材料として、また他分野でもさまざまな開発用途で注目を集める、夢の次世代素材である。

ここでも、グラファイト(黒鉛のこと。炭素から成る元素鉱物で、身近には、鉛筆の芯の材料に使われる)とダイヤモンドの対立の構図から、ダイヤモンドが珍重されるに至る歴史、ダイヤモンド泥棒の手口とステイタス、果ては婚約指輪の広告にまで、筆者の話題は際限なく派生していく。化学や物理学だけにとどまらず、生物学、歴史、美術、文化、社会、心理……。ごくありふれているはずの「炭素」というテーマが、およそ教養としか呼びようのない広い範囲にわたって語られる。

材料科学には「基本的な化学組成が分かっただけでは材料の性質を十分理解することはできない」という格言があるそうだ。いわば、材料は時代や文化を映し出す鏡のようなもの。科学的、技術的にはもちろん、社会科学的にも、現代の世界を特徴づけているのは材料の持つ性質なのである。

身の回りにある材料は私たちのニーズや欲求の複雑な表れであり、それらをつくる――住居や洋服などに対する物欲を満たす、あるいはチョコレートや映画などへの欲求を満たす――ためには、物の内部構造の複雑さに精通するという並外れたことをする必要があって、私たちは実際にそうしてきた。このやり方で世界を理解しようとする学問が材料科学だ。(P244より)

月並みな表現だけれども、実に、世界は驚きに満ちている。ただ、自分のすぐ傍らにある材料に手を伸ばしてみる、たったそれだけのことにすら。なぜならその材料の内側には、途方もなく広がる内なる宇宙が、確かに存在しているのだから。

生存競争を勝ち抜いてきた、生物の超技術に学ぶ

『生物に学ぶイノベーション 進化38億年の超技術』

赤池学/著 NHK出版新書 2014/7/11

厳しい生存競争を勝ち抜いてきた生物たちの超技術を研究・開発に活かす動きが、近年、急速に盛り上がっている。

本書では、「生物の形をまねる」、「生物の仕組みを利用する」、「生物がつくったものを活用する」、「生物そのものを扱う」、「生態系に寄り添う」の5つのカテゴリーに分けて豊富な事例を紹介。具体的な実践と成果の事例を通じて、先人たちがどのように生物の世界の挙動をとらえてきたかを考察し、さらなるイノベーションのためのヒントを読み取る。

今や、あらゆる分野で活躍する「生物模倣技術」。38億年の進化の過程をとおして、驚くべき技術を身につけてきた生物たちは、まさにイノベーションの先生だ。

便利だと思って使いつづけていたものや技術に、不備が見つかる。有害物質が検出される。または、安全だと信じられていたはずのものに事故が起こる。

産業化、工業化が進んで、確かに私たちの生活は便利で快適にはなった。だが、私たちは幸せになったのだろうか。近代以降の技術発展は、常に大小の悲劇とも隣りあわせだ。

そんな現代を生きる私たちにとって、次の時代を切り開く技術のヒントになるとして注目されているのが、「バイオミミクリー(bio-mimicry)」である。最近、テレビや雑誌でもよく見かけるホット・ワードのひとつだ。生物や生命を意味する「バイオ」と、模倣を意味する「ミミック」の2つの言葉を組み合わせた合成語で、「生体模倣」とも称される。生物の生態や機能を模倣、活用した科学技術の開発のことである。

本書の魅力は、何といっても豊富な実例の数々だ。たとえば魚類の皮膚構造を真似た競泳用水着の開発から、昆虫の神経伝達をヒントにした自動車の制御システム、バイオ燃料の生産、新薬の開発など、その試みは現時点でも非常に数多く、また多岐にわたる。本書一冊を読み込むだけでも近年の生物模倣技術界隈の「事情通」になれるし、もしかすると、あなたの手元にある仕事のヒントも見つかるかもしれない。

筆者は本書の冒頭で、生存競争の中で生き残ってきた生物と、市場競争の中で勝ち残ってきた技術の間に、明らかな共通点があると述べている。

第一は、変えること、変わることの勇気を放棄したものは淘汰されるということ

第二は、すなわち絶えず変化する状況に対し、変革・革新を行ってきたもののみが生き残るということ

第三は、さらに、その変革・革新は、他者とのつながりや環境への配慮といったバランスマネジメントの上に成り立っている必要があるということ(P4より)

研究開発分野だけに限った話ではない。さらに広いビジネスシーンの全体において、私たちは皆、日々、似たような生存競争の状況の中を生きている。

改めてこれからの技術開発とそのイノベーションを考えたとき、持続不可能な地球社会をもたらした旧来の科学観に対峙する、社会の幸福をもたらす新しい科学観を確立することが求められているように思う。(P208より)

どのみち旧来の技術発展をこのまま続けていくには、大きな限界がある。そのことを、とうに多くの読者もお気づきのはずだ。

だからこそ、今を生きる私たちが勇気を奮い立たせるべき時でもある。私たちこそ、技術開発の新たな指針を示して、次の世代に引き継ぐ礎になりたいものだ。

『ゼロからトースターを作ってみた結果』

トーマス トウェイツ/著 村井理子/訳 新潮文庫 2014/2/3

トースターをまったくのゼロから、つまり原材料から作ることは可能なのか?ふと思い立った著者が、鉱山で手に入れた鉄鉱石と銅から鉄と銅線を作り、じゃがいものでんぷんからプラスチックを作るべく七転八倒。集めた部品を組み立ててみて初めて実感できたこととは?――我々を取り巻く消費社会をユルく考察した抱腹絶倒のドキュメンタリー!

笑って、笑って、読後にちょっぴり元気になれる一冊である。ただし、それだけじゃないのが本書の素晴らしいところ。本書を楽しく読み終わったら、次に、どうかご自身の周囲を見回してみてほしい。もしも、あなたが何かのはずみで非文明の世界に放り出されたとしたら、“自分の力でトースターを作る” ことができるだろうか? もしもその時がやってきたとしたら、きっと私たちは、こんがり焼けたおいしいトーストの朝食とはさよならするしかないのだ。

そのことに思いを馳せるとき、あなたの周囲を取り巻く世界は、今までとはちょっぴり違って見えてくるだろう。

(文:石田祥子)

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