水素はもっとも軽い元素であるため、鋼などの金属材料中に侵入し、格子欠陥に多く偏析することや、材料に対する負荷や溶接などの熱によって生じる内部応力が高いところに多く偏析する傾向もあります。そして、それらの偏析部分における水素は、原子の結合力を弱めることや、空孔の生成を助長することなどにより、材料のぜい化を引き起こしていると考えられています1)。このような現象を水素ぜい化といい、応力が付加された状態で使用されることの多い鋼構造物では、破壊に至ることもあります。具体的には、1950年代以降、橋梁などで使われる高力ボルトでみられる遅れ破壊、高圧水素ガス貯蔵タンクの破壊事故などが起こっています。また、鋼の溶接金属においては、熱影響部における低温割れの原因の一つと考えられています。近年では、橋梁などの大型構造物に限らず、自動車、鉄道、船舶などの各種業界で軽量化が求められており、鉄鋼材料は強度化の傾向にありますが、強度が高まるほど水素ぜい化の感受性が高くなり、高強度化の大きな障壁となっています。
そこで今回は、鋼などの金属材料中における水素を検出・計測する手法の一つである水素昇温脱離分析についてご紹介させていただきます。
なお、水素昇温脱離分析は、TDA(hydrogen thermal desorption analysis)と略記されることが多く、本稿においても、以降はTDAとします。
前節で示したとおり、鋼などの金属材料中の水素は、さまざまなサイトにトラップされており、この水素濃度は、温度や結合エネルギーに依存します。温度の上昇に伴い、平衡関係が変化し、やがて水素が外部へ放出されます。
TDAは、連続的に加熱された試料から放出される水素を検出することで、水素の定量分析だけでなく、水素放出ピーク温度から存在状態の分離や水素とトラップサイトとの結合力の評価が可能な分析方法です。TDAには、アルゴンガス中加熱抽出-ガスクロマトグラフ法と真空中加熱-質量分析法の2種類が主に使われています2)。
水素放出ピーク温度はトラップサイトとの結合エネルギーの差により異なり、結合エネルギーが低い場合は低温側、結合エネルギーが高い場合は高温側で検出されます。特に、結合エネルギーが低く常温で拡散し得る水素を「拡散性水素」、結合エネルギーが高く常温で拡散し得ない水素を「非拡散性水素」といいます。
実際に、TDAにより材料中の水素を分析した例をご紹介します。当社所有のTDA装置(図1, 2)は、真空中加熱-質量分析が可能です。溶接直後の軟鋼およびステンレス鋼の水素昇温脱離分析結果(昇温速度:2 ℃/min)の一例を、図3に示します。本昇温条件では、軟鋼では200 ℃付近にピークが現れており、これは結晶格子内を自由に移動できる拡散性水素に由来するものと考えられます。一方、ステンレス鋼の550 ℃付近に現れたピークは、常温では非拡散性水素であると考えられます。さらに、ステンレス鋼のピーク幅が広いことから、軟鋼に比べ、複数のトラップサイトが存在することなどが推察されます。
試料からの水素放出は、トラップサイトからの脱離が律速になるだけではなく、拡散律速が支配的になることもあります。よって、測定結果の解析には、結合エネルギーの大小のみならず、試料の厚さ、昇温速度、欠陥密度などにも注意を払う必要があります。また、トラップサイトの解析には、多くの場合、測定条件の異なる複数の結果を用いる必要があります。
TDAについて、特徴および分析事例を紹介させていただきました。水素はもっとも軽い元素であるうえに含有量も多くの場合は微量であり、直接的な検出は技術的な困難さを伴います。したがって、実験方法や得られた結果には十分な注意が必要になります。
当社では、TDAの他に、全水素量測定や拡散性水素量測定なども対応可能であり、水素ぜい化についてお客さまの課題解決に向けた提案をさせていただきます。水素ぜい化に関わるご相談がございましたら、お気軽にコベルコ溶接テクノまでご連絡ください。
<参考文献>
1) 海老原健一:日本材料学会誌 第71巻(2022) 第5号 p.481-487
2) 岡部俊明:検査技術 第17号(2012) p.23-28