KOBELCO書房 第3回

スポーツxビジネスの最先端

2016年夏、リオオリンピックの熱狂もようやく落ち着き、いよいよ目前に迫るのは2020年の東京オリンピック! いま、スポーツはプレイヤーとファンだけでなく、ビジネスマンにとっても熱い話題だ。

日本と欧米のプロスポーツの収益規模には、なぜ大きな差があるのか。スポーツが人々の感動を呼ぶだけに留まらず、経済活性の起爆剤として作用するためには何が必要なのか――。今回は、日本のスポーツ・ビジネスの現状を知り、オリンピック・イヤーに向かう大きなチャンスを逃さないために、読んでおきたい選書をご紹介したい。

2020年に向けてのビジネス戦略を考える

『スポーツの経済学』

小林 至/著 PHP 研究所 2015/12/12

見物料を取って競技を見せる「スポーツ興行」の始まりは、江戸時代から行われていた勧進相撲だった。日本人には、スポーツをビジネスにするという先見の明があったのだ。

ところが、現在の日本のスポーツ・ビジネスの実態は、欧米諸国に大きく後れを取っている。たとえば、アメリカのメジャーリーグ選手の平均年俸は5億円だが、日本のプロ野球1軍選手は6,500万円。この差は、どこから生じているのか。日本のスポーツ・ビジネスには、これからの課題が山積みだ。

プロ選手経験と球団役員経験をあわせ持つ気鋭の経営学者が、これからのスポーツ・ビジネス界の目指すべき到達点を指し示す。

日本のスポーツ産業が、欧米諸国に比べて大きく立ち遅れてしまった原因はどこにあるのか? 問題の大前提として、まず頭に入れておきたいのは、本書の筆者によるスポーツ・ビジネスの定義である。

スポーツ興行ビジネスは「権利」という人間の心の中だけに存在する「知的財産」を扱うビジネスです。つまり、商品である「試合」の価値を、送り手(売り手)が宣言し、受け手(買い手)が納得して初めて実態となるビジネスなのです。(P52より)

スポーツ・ビジネスにおける「商品」というと、つい、試合のチケット収入や、スタジアムで販売されるグッズ、飲食物の収益ばかりを想像してしまいがちである。しかし、現代のスポーツ興行収入において大きな割合を占めるのは、テレビなどの放送権、スポンサーシップ、そしてライセンス収入などスポーツから派生する「権利」のほうだ。

本書では、こうした「権利ビジネス」としてのビジネスモデルが成立するまでの歴史的背景が、コンパクトにわかりやすく概説されている。

日本と欧米諸国の例を比較しながら読み込んでいくと、スポーツが産業化していく過程で、日本のスポーツ・ビジネスが「権利を正当に評価し損ねてしまった」、「チャンスを取りこぼしてしまった」こと、そのために「スポーツ・ビジネスが発展するための文化的土壌が育たなかった」という流れが整理されてくるだろう。

たとえばアメリカでは、地方自治体の財政状況自体は決して楽ではないにもかかわらず、大リーグ球団に多くの地方税が投入されるそうだ。シカゴ・ホワイトソックスが「税金で専用球場を建設できないのであれば、球団本拠地を移転する」と強気の交渉に出た結果、球場建設の費用や毎年の球団運営費用として、最大1,000万ドルもの税金が投入されることになった例もある。スポーツ団体は、政治をも動かす大きな力を持っているのだ。

一方の日本では、自治体がそこまで大きな規模でスポーツを支える風習も前例もなく、むしろ、スポーツに多大な税金を使うなんてと市民からの厳しい視線が注がれる。先日、新国立競技場の建設費に関するニュースが世の中を騒がせたのも、そんな日本のお国柄がよく反映された典型例と言えるかもしれない。

2020年に向けて、スポーツ・ビジネスの「伸びしろ」を見極めておくために、必読・必携の一冊である。東京オリンピック、大いに盛り上げて迎えよう!

Jリーグが誇る「中小企業」15年間の奮闘の記録

『低予算でもなぜ強い? 湘南ベルマーレと日本サッカーの現在地』

戸塚 啓/著 光文社新書 2015/3/17

キーワードは、『勝利>資本』! 親会社ナシ、低予算、経営危機経験アリ――。10年連続J2常連だった湘南ベルマーレが完全復活した、たったひとつのセオリーとは?

2014年、J2リーグにおいて開幕14連勝。その後、21戦不敗の新記録を作り、史上最速でJ1リーグ昇格を決めた湘南ベルマーレ。しかし、大企業の支援を受ける一流チームが居並ぶJ1リーグにおいて、ベルマーレは予算規模で圧倒的な劣勢を強いられる。その姿は、まるで、大企業に敢然と立ち向かう中小企業のようでもあったが……。

足りないものを悔やまない。 Jリーグが誇るべき「中小企業」の15年間の奮闘を、スポーツライターが丹念に追ったビジネス・ノンフィクション。

不況下の日本でも、実践できるスポーツ・ビジネスのモデルケースはないのか? ビジネスである以上、お金がなければ万策尽きたも同然なのか?――本書は、そんな切ない問いに対し、一つの可能性を提示してくれる。

大資本のバックアップを受けるチームがひしめき合うJリーグにおいて、奮闘する「中小企業」、湘南ベルマーレ。本書は、ベルマーレの眞壁潔(代表取締役会長)、大倉智(取締役社長)、曺貴裁(監督)、田村雄三(テクニカルディレクター)、坂本紘司(営業本部長)という5人のキーマンのインタビューから構成されている。本書を読み進める上では、特に、彼ら5人全員が、インタビューの中でホームタウンとの関係性に強く言及する点に注目したい。

お金がなくても、できることはある。継続と情熱で資本力の差を埋め、ホームタウンとの関係を双方向にする。支援をお願いするだけでなく、支援しようと思われるクラブになっていく。

それが、Jリーグを代表する「中小企業」がたどり着いた結論である。(P46より)

湘南ベルマーレの魅力は、なんといっても“湘南スタイル” と呼ばれる独自のプレイスタイルだ。よく走り、常に前を向き続ける攻撃型サッカーは、観客に愛される最大の要因に違いない。

だが、それに加えて、運営する総合型の地域スポーツクラブ、地元でのイベント、地元の小中学生選手に対する指導、地元スポンサーに対する働きかけなどコミュニティでの活動が、彼らには欠かせない。

本書に紹介されるキーマン5人が語るエピソードは、よくあるスポーツ界の立派な美談からは程遠いものだ。まるで父親のようにユース選手の食生活や生活態度を気に掛ける曺監督、“ミスター中間管理職”として選手とフロントをつなぐ役割に奔走する強化担当の田村氏。選手から営業のポストに移った当初を思い返し、「現役時代はスポンサーさんの名前を言えなかった」と恥じる坂本氏……。

彼らの姿は、どちらかといえば、日々のビジネスマンの業務の中でも、うんと泥臭い部分に通じるものが多いように思う。だからこそ、サッカーファンだけに限らず、多くの方にぜひ本書の一読をお勧めしたい。

地域の人々の参加と共感を得ること――。“地域の公共財” としてのベルマーレの姿も、また、チームが走り続けるための在り方なのだ。

『ブルネイでバドミントンばかりしていたら、なぜか王様と知り合いになった。』

大河内 博/著 集英社インターナショナル 2014/11/26

2005年春。経産省職員だった筆者は、ブルネイ日本大使館に赴任する。しかし、そこに待っていたのは、ブルネイ独特の閉鎖社会の壁だった。「ブルネイに来なければよかった」。そんな筆者の転機となったのは、ブルネイのセレブが、迫力あるバドミントンの試合をしているシーンに偶然出くわしたことだった。筆者も中学校の部活動以来、久しぶりにラケットを握り、各地のコートをめぐるうちに仲間の人脈はどんどん広がり、果てはなんと大臣や王族とのプレイまで実現させてしまう。そして筆者の“外交” もまた、当初は思いもしなかった方向へと転がりはじめ……。

文化も考え方も全く異なる相手の懐に飛び込み、知恵と情熱を駆使して立ち向かう筆者の奮闘の様子が、スポーツマンらしい軽快な語り口で描かれる。読後感の爽やかな一冊。

(文:石田祥子)

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