解説コーナー | 溶接レスキュー隊119番

『オーステナイト系ステンレス鋼の鋼板および溶接 金属部の磁性』について


1. はじめに

当グループへの電話やメールでの技術相談には、中・高炭素鋼やステンレス鋼に関する溶材選定・施工法のお問い合わせが数多く寄せられます。その内容は様々ですが、先日頂いたステンレス鋼に関するお問い合わせが興味深い内容でしたのでご紹介致します。

その内容は、「時々、ステンレス鋼の仕事が入り、PREMIARC™ DW-308(フラックス入りワイヤ)を使用してステンレス鋼を溶接しているが、溶接金属部が磁石に反応することがあると聞いたことがある。それで問題はないのか、詳細を教示頂きたい。」と言う問い合わせでした。

確かに、オーステナイト系ステンレス鋼は非磁性(磁石に反応しない)であることは周知の通りと思います。

では何故、磁石に反応したのかを説明していきます。

2. オーステナイト系ステンレス鋼の磁性

ステンレス鋼の種類は、①Cr系ステンレス鋼のマルテンサイト系ステンレス鋼とフェライト系ステンレス鋼、②Cr-Ni系ステンレス鋼のオーステナイト系ステンレス鋼と二相系ステンレス鋼(オーステナイト50%+フェライト50%組成)等に大別されます(表1に、ステンレス鋼の分類と代表鋼種を示す)。Cr系ステンレス鋼や二相系ステンレス鋼は炭素鋼と同様に、強い磁性を持っています。これに対して、18% Cr-8% Ni鋼(SUS304)で代表されるオーステナイト系ステンレス鋼(固溶化熱処理を施された鋼板)は磁性がありません。この性質(非磁性)を利用して、変圧器の容器や船舶の操舵室、マグネットクランプ等、磁性を遮蔽する構造物等に多用されています。

分類代表鋼種
Cr系マルテンサイト系SUS403, SUS410, SUS420J1 等
フェライト系SUS405, SUS430, SUS444 等
Cr-Ni系オーステナイト系SUS304, SUS316, SUS317 等
オーステナイト・フェライト系(二相系)SUS329J1L, SUS329J2L, SUS329J3L 等
表1 ステンレス鋼の分類と代表鋼種

3. オーステナイト系ステンレス鋼および溶接材料の加工硬化

図1 冷間加工による硬化性の比較
〔ステンレス鋼便覧〕

オーステナイト系ステンレス鋼は図1に示すように、炭素鋼やフェライト系ステンレス鋼と比較すると、冷間での塑性加工によって硬化しやすい特性があります。この加工硬化の機構については十分に解明されていないようですが、常温における組織は常に安定したオーステナイト組織を示すかといえば、そうではないようです。常温以下まで過冷させたり、常温で塑性加工(曲げ・絞り等)を施すと容易にマルテンサイト組織を誘起して、加工硬化するとともに磁性を持つようになります。図2は、非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼に塑性加工を施すと、Ni含有量の少ない鋼種は塑性加工の度合いによって加工誘起マルテンサイトの生成が著しくなり、導磁率も増加して行くことを示しています。加工誘起マルテンサイトの抑制は、鋼材の場合Niの含有量の増加が最も効果があり、SUS304(A)より安定なオーステナイト組成のSUS316(B)の使用が、効果的であることがわかります。

図2 オーステナイトステンレス銅の
導磁率に及ぼす冷間加工の影響
〔ステンレス鋼便覧抜粋〕

塑性加工により加工硬化する現象は溶接材料も同様であり、ワイヤを例に取り説明致します。

まずは成形工程にてフラックス入りワイヤの原型を作り、次工程にて製品径(1.2φ等)まで細く伸ばして製品にします。ワイヤを細くしていく段階において、ワイヤが伸ばされる際にワイヤ表面が加工硬化し、加工誘起マルテンサイトを生成します。このことにより、鋼板と同様に磁石に反応するようになります。


4. オーステナイト系ステンレス鋼の溶接金属の磁性

オーステナイト系ステンレス鋼の溶接施工の際、発生する割れのほとんどが高温割れ(凝固割れ)です。高温割れとは、凝固温度あるいはその直下の高温で、溶接金属や熱影響部の粒界に発生する低融点化合物に起因する割れです。この高温割れの発生を防止するには、溶接金属中に数%~十数%のフェライトを含有させることが有効です。これは、りん(P)や硫黄(S)等の有害な不純物元素がフェライト組織内に固溶され、粒界への低融点化合物の偏析が減少して粒界が健全になり、割れの発生が抑制されると考えられています。このことから、溶接材料は数%のフェライトが含有された溶接金属になるよう、成分設計され製造しています。実はこのフェライトの性質は軟らかく延性に富みますが、強磁性を有しています。このためフェライトが数%含まれる溶接金属は、微弱ですが磁石に反応します。磁石に反応しても、耐食性には全く問題ありませんのでご安心ください。

5. おわりに

オーステナイト系ステンレス鋼の磁性について説明しましたが、一般的に非磁性で知られるオーステナイト系ステンレス鋼も、加工状態によりその鋼板や溶接金属が磁性を持つことが、ご理解頂けたと思います。

この現象を実際の映像で紹介しますので、表2のフェライト量の測定方法の説明と合わせてご覧ください。

顕微鏡組織による方法溶着金属のフェライト占積率を顕微鏡組織により測定する方法で、占積率=フェライト量。
磁気的な装置による方法被膜計法(マグネゲージ)永久磁石と、測定しようとする試片との間の磁性による吸引力が、フェライト量に対応して変化することを利用してフェライト量を測定する方法。
磁気誘導法(フェライトスコープ)測定しようとする試片に含まれているフェライトにより、磁気誘導が減衰することを利用してフェライト量を測定する方法。
磁力対比法(フェライトインジケータ)標準フェライト量に対応した磁性をもつインサートと、測定しようとする試片との間の吸引力を対比させ、フェライト量を測定する方法。JIS Z 3119-2006では規定より外れる。
組織図による方法測定しようとする試片の化学成分からNi当量、Cr当量を算出して、組織図からフェライト量を推定する方法。組織図には、シェフラーの組織図、ディロンの組織図及びWRC-1992の組織図がJIS Z 3119-2006で規定されている。
表2 主なフェライト量の測定方法
画像① フェライトスコープの使用
画像② 母材と溶接部の磁性確認
画像③ 軟鋼とSUSで比較
画像④ DW-Tの磁性
画像⑤ TG-X308Lの磁性

(株)神戸製鋼所 溶接事業部門 営業部
 カスタマーサポートグループ 亀岡 修作

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